第707話 期待しているからこそ

――仕事帰りのミナと別れた後、レナは金色の隼のクランハウスへと戻り、クランマスターであるルイの元に訪れる。彼女は自室にて書類整理を行い、傍にはイルミナの姿もあった。



「ただいま戻りました」

「ん?ああ、戻ってきていたのか。お帰り、レナ君」

「お帰りなさい。仕事の方はどうですか?」

「えっと、その事で相談がありまして……」



レナが戻ってきたのを知ったルイとイルミナは書類から目を離して話を伺うと、レナは正直に今回の依頼の件を伝える。依頼内容はサイクロプスの捕獲だったが、レナの自己判断で捕獲は行わず、討伐した事を伝えた。


遭遇したサイクロプスの親子を逃すために依頼を完全には果たせなかったという点に関してはイルミナは眉を顰めたが、ルイの方は依頼人が満足しているのならば問題ないと判断した。



「なるほど、まあ話を聞く限りでは依頼人の不評を買ったわけではないんだ?なら、僕としては問題はないよ」

「ですが団長、当初の依頼条件を無視して魔物を逃がした事に関しては問題があるのでは……」

「まあ、そんなに固い事を言わなくていいじゃないか。レナ君、今後は気を付けるんだよ?」

「はい、申し訳ありませんでした」

「……全くもう」



ルイは特にレナに強く咎める事はせず、次からは気を付ける注意に留めておく。そんなルイの判断にイルミナはため息を吐き出し、彼女の代わりにきつくレナに叱りつける。



「レナ、いいですか?貴方は冒険者です、冒険者は魔物から人を救う役割があります。それなのに依頼人よりも魔物の身の安全を優先するなど本来ならば許されない事です」

「はい、すいません……」

「はあ……貴方は他者に対して優しすぎる面があります。先日も依頼の内容に入っていなかったのに無償で畑の農作業を手伝ったそうですね?仕事として頼まれたのであれば金銭を要求するべき所を貴方は報酬も無しに引き受けた。そのせいで次に同じ依頼人に仕事を引き受けた冒険者が貴方が無償で仕事を引き受けた事を理由に次の冒険者に仕事を引き受けるように要求したらどうするつもりでしたか?迷惑を被るのは次に依頼を引き受けた冒険者なんですよ」

「……おっしゃる通りです」

「全く……反省したようなので今回の説教はここまでにしておきます。ルイ団長も無暗にレナを甘やかさないでください」

「ご、ごめんなさい」



イルミナはレナだけではなく、上司であるはずのルイにも叱りつける。二人をしっかりと反省させた上でルイは仕事で疲れているはずであろうレナに声をかけた。



「今日の所はもう帰っていいです。最近は仕事続きでしたから、明日と明後日は休暇を与えます。心身ともにしっかりと休ませなさい」

「はい、分かりました……失礼します」



レナはしょんぼりとした表情を浮かべながら頭を下げると、部屋を退室した。その姿を見てルイはイルミナに顔を向け、少々叱り過ぎではないかと諭す。



「……今のは少し言い過ぎじゃないのかい?」

「いえ、今がレナにとっては大事な時期です。こういう時はちゃんと叱りつけなければいけません……あの子だけはしっかりとして貰わないと困りますから」

「厳しいね。ところで、何時から君はレナ君の事を呼び捨てするようになったんだい?」

「私は指導係としてあの子を教育する義務があります。それに指導役を任せたのは団長でしょう?」

「なるほど、厳しく叱りつけるのはレナ君の事を期待しているからか」

「……否定はしません。まあ、少々言い過ぎたかもしれないので後で謝っておきます」



イルミナはルイの言葉に頷き、彼女は誰よりもレナの将来を指導係として心配していた。誰よりもレナを期待して立派な冒険者に育て上げるために彼女は厳しく説教した。


最もイルミナ本人も少し叱り過ぎたのではないかと不安を抱き、内心ではレナに嫌われたのではないかと思ったイルミナは、後でレナの様子を見る事にした――






――イルミナから厳しく叱りつけられたレナだが、何時までも落ち込んではいられないため、クランハウスにある自分の部屋へ向かう。仕事が続くときはレナはダリルの屋敷ではなく、クランハウス内に存在する自分の部屋で過ごす事が多い。


黄金級冒険者に昇格した際にルイはクランハウス内にレナ専用の部屋を増築させ、部屋の中は王都一の高級宿屋にも見劣りしないほどの豪勢な部屋であった。だが、基本的にはレナがこの部屋を使用するのは身体を休める目的以外はなく、今回も戻って早々にレナはベッドの上に横たわる。



「ふうっ……疲れた。やっぱり一人でやる仕事はきついな」

「お疲れ様」

「お疲れ兄ちゃん」

「はわっ!?」



唐突に左右から声を掛けられたレナは驚いて目を開くと、いつの間にかシノとコネコがベッドの中に潜り込み、レナの隣に横たわっていた。気配も音も立てずに自分のベッドに潜り込んでいた二人にレナは驚き、一方で悪戯が成功した二人は互いに笑みを浮かべる。

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