第705話 今回だけ

「申し訳ありません、捕獲を依頼されていたのに結局は果たす事が出来ず、サイクロプスを討伐してしまいました……今回の依頼は失敗という事で報酬はいりません」

「そ、そんな!!それだけの怪我を負ったのに報酬を支払わないわけには……それに事前に取り決めでは捕獲は出来ずとも討伐を果たせれば報酬を渡すお約束のはずです!!どうかお気になさらずに……」

「いえ、そういうわけにはいきません。今回の俺の負傷は完全に俺の不始末のせいです。それに当初の依頼は捕獲一択だったのに俺が油断してこんな結果になってしまい、誠に申し訳ございません」

「ぼ、冒険者様が謝る必要はねえよ!!俺達は別に仕事がまた出来るようになればいんだ!!」

「そうそう、こいつさえいなければ俺達も仕事できるしな……」



レナが頭を下げると街長だけではなく、集まった鉱夫達も慌て出す。彼等としては怪我を負いながらもサイクロプスを討ち取ってくれた事に感謝の気持ちしかない。


欲を言えばサイクロプスに怪我を受けた者達はサイクロプスに復讐したい気持ちもあったが、あまりにも血塗れな姿で戻ってきたサイクロプスの姿を見て頭に血が上った者達も覚めてしまう。そんな彼等の言葉にレナは頑なに拒否した。



「いえ、最初に提示された条件を達成できなかった以上は報酬を受け取れません。そのかわりと言ってはなんですが、このサイクロプスは俺が持ち帰ってもいいでしょうか?」

「え?持ち帰る?」

「はい、サイクロプスの素材は滅多に手に入りませんので出来ればお譲り下さい。それとは別にこの街で販売されている地属性の魔石があれば購入させて欲しいのですが……」

「それは構いませんが……お前達もいいな?」

「あ、ああ……死体を処理してくれるというのであれば有難いしな」



街長は鉱夫はサイクロプスの死骸を持ち帰りたいというレナの言葉に反対はせず、彼等からすればサイクロプスの死骸など興味はない。むしろ持ち帰ってくれるのならば有難い話でもあった。





――その後の話し合いの結果、今回の依頼に関しては捕獲するという条件は満たせなかったが、サイクロプスの討伐を果たした事で鉱夫も仕事が出来るようになった。依頼の条件は果たせなかったので正式な報酬を渡す事は出来ないが、そのかわりに街で販売されている地属性の魔石をレナに渡す事で話はまとまった。




地属性の魔石を扱う人間など滅多におらず、むしろ取り扱いに困っていたので街の人間からすれば地属性の魔石を買い取りたいというレナの要望は有難かった。今回の依頼の報酬として金銭は受け取らなかったが、在庫処分の予定だった地属性の魔石をレナは大量に受け取り、サイクロプスの死骸を荷車に乗せてレナは街を後にする。



「また何かありましたら冒険者ギルドを経由してお伝えください。次の仕事は失敗しないように全力を尽くしますので」

「冒険者様、本当にありがとうございました。それと、今回の依頼の件はお気になさらずに……我々は貴方に感謝しています」

「そういってくれると有難いです……じゃあ、俺はこれで失礼します」



街の住民に見送られる形でレナは早急に立ち去ると、サイクロプスの死骸を乗せた荷車を動かし、街の外へと移動する。十分に街から距離が離れたのを確認すると、レナは安堵した表情を浮かべて荷車の上に横たわるサイクロプスに声をかけた。



「よし、もう動いてもいいぞ」

「……キュロロッ?」



レナが声をかけるとサイクロプスは身体を起き上げ、身体に掛かっていたシーツで自分の肉体にこびり付いた血液を拭き始めた。その様子を見てレナも頭に巻いていた包帯を取り払い、安堵した表情を浮かべる。





――実はレナはサイクロプスを殺してなどおらず、サイクロプスを逃がすために偽装工作を行う。まずはサイクロプスの目を覚まさせると自分に従うように命じ、その後は鉱山に生息していたボアを討伐してサイクロプスの身体にボアの死骸から採取した血液を塗りたくる。


サイクロプスの双子は安全な場所に先に避難させ、その後はレナはサイクロプスに死んだふりをさせて街へと運び込む。既にサイクロプスを討伐した事、その際の戦闘で血塗れの状態で倒れているサイクロプスを見れば被害を受けた鉱夫達の溜飲も下がるのではないないかと考え、見事にレナの予想は的中した。


結果的には街の住民を騙す事になるのでレナは依頼の報酬を受け取る事を断固として拒否し、そのかわりに彼等が取り扱いに困った地属性の魔石も受け取る。レナとしては親のサイクロプスを殺さずに済み、更には必要に感じていた地属性の魔石を手に入れた。街の住民はこれでサイクロプスに邪魔をされる事もなく仕事が行え、街長も黄金級冒険者に支払う報酬を支払わずに済む。



「いっておくけど、見逃すのは今回だけだぞ。もう人里に降りてきたら駄目だからな?」

「キュロロッ」



レナの言葉に荷車に座り込んだサイクロプスは頭を頷き、頭に血が登らなければ人間に危害を加えない優しい魔人族のため、レナの言葉に素直に従う。その後はレナはサイクロプスたちを連れて人里から遠く離れた山に送り込み、今回の一件は無事に終了した。

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