後日談 〈新たな闘拳、その名は「紅竜」〉

――王都の騒動から一か月が過ぎた頃、レナは工場区の方へ赴き、元々はワドルフが経営していた店に尋ねる。工場区の中でも一番の古株にして最も優れていた鍛冶師の腕を持つワドルフだが、彼の経営する店は非常にボロボロで小さな鍛冶屋だった。


何でもワドルフが独り立ちした時に作り出した思い入れのある建物らしく、彼は有名になって大金を稼ぐようになってからも自分の初めて作った鍛冶屋だけは改築も増設もせずに管理していたという。流石に客足が増えてからは新しい建物を建設する事もあったが、基本的に自分一人で仕事を引き受ける時はこちらの建物で仕事を行っていたという。



「お邪魔しま~す」

「おお、やっと来やがったか!!」

「……こっちだ、もう出来上がっている」



レナは店に訪れると出迎えたのはゴイルとムクチであり、なんと二人はワドルフの代わりに現在はこの店の中で暮らしていた。厳密に言えばこちらの店の経営を行っているわけではなく、二人とも現在は家を失ってしまったのでこちらで一時期的に暮らしている。


火竜の一件でレナ達が暮らしていた元は宿屋だったダリルの屋敷も焼失してしまい、二人は住む場所を失った。ダリルは別にもう一つの屋敷を所有していたので使用人達と共に新しい屋敷に移り住み、今はドリスの家族もそこで世話になっている。しかし、この二人は一時的に工場区へ戻って生活を行っていた。


元々は最初に暮らしていたダリルの屋敷はゴイルとムクチに与えられる予定だったのだが、火竜が家を焼き払ったせいで二人は住む場所を失い、それならばとワドルフが管理していた鍛冶屋に世話になっているらしい。一応は彼の家族からの許可を取り、二人はこの場所を利用してレナのために新しい装備を作っていた。



「お前さんの黒硬拳の方だが、悪いがやっぱり修復は不可能だった。アダマンタイトの加工は難しいからな……」

「そうですか……」

「そんな顔をするな……その代わりと言ってはなんだが、俺達なりに新しい闘拳を用意してやったぞ」



ヒトラとの最後の戦闘でレナは大切な「黒硬拳」を失ってしまい、一応は二人の修復を頼んだが完全に直す事は二人の腕でも不可能だったらしい。だが、代わりに二人はレナのために新しい闘拳を用意したという。


ゴイルが台の上に乗せたシーツを剥がすと、内側から深紅に染まった闘拳が露になる。デザインは黒硬拳と全く同じだが、甲の部分には地属性の魔石を嵌め込む窪みの他に「火竜」を想像させる紋様が刻まれていた。それを見てレナは驚き、一方でムクチはいつもの無表情ではなく、珍しく自慢げな表情を浮かべていた。



「そいつは火竜の素材を利用して作り上げたお前さんの新しい闘拳……名づけ「紅竜」だ!!」

「これを作り上げるのに随分と時間は掛かったが、満足のいく代物が出来上がった。遠慮せずに使うといい」

「火竜の素材……!?そんなのが残っていたんですか!?」



火竜はマドウの最上級魔法によって身体の殆どが消し飛び、更にヒトラが残された火竜の尻尾を取り込んだ事から彼を倒した時に失われたとレナは思っていた。しかし、ゴイルによると後になって火竜の素材が残っている事が判明したらしい。



「素材と言っても、殆ど原型は留めていなかったがな。こいつを発見したのは実はお前が所属する金色の隼の団員らしいぞ?」

「うちの?」

「ああ、何でも瓦礫の撤去作業を手伝っているときに火竜の尻尾を発見して、それを確認したルイという女が内密に回収しておいたんだ。竜種の素材なんて滅多に手に入る代物じゃないからな、すぐにルイはこの事を国に報告したんだ」

「貴重で滅多に手に入らない火竜の素材だが、この国の法律では魔物の素材は冒険者の場合は倒した人間に所有権が移る。そして火竜を倒したのはお前だ……だからこそ火竜の素材の所有権はお前にあると認められた」

「そ、そうだったんですか……でも、俺一人で倒したわけじゃないのに」

「まあ、そこは気にするなよ。火竜の素材といっても、本当にちっぽけな量しか残っていなかったからな……偶然なのか、この闘拳を作り上げた時点で素材は使い切っちまった」



レナは台の上に置かれた闘拳に視線を向け、その美しくも力強さを感じさせる色合いの闘拳に魅入られる。伝説の竜種の素材で作り上げられたという闘拳にレナは早速装着すると、その重みに驚く。



(重い……黒硬拳と同じぐらいだ。けど、凄く手に馴染む)



使い慣れた闘拳の製作者とデザインが一緒のせいか、レナは紅竜を装着すると非常に手が馴染む。試しに拳を突き出したり、軽く紅竜を叩いてみるが、恐らくは硬度はアダマンタイトにも匹敵すると思われた。


地属性の魔石を嵌め込み、レナは試しに素振りを行う。そして特に問題なく動かせるのを確認すると、レナは満足そうに頷く。まるで失われた黒硬拳が戻ってきたかのような感覚に陥り、涙を流す。



「ムクチさん、ゴイルさん……ありがとうございます」

「ふっ……」

「いいってことよ!!」



自分達の作り出した武器を受け取って心底嬉しそうな表情を浮かべるレナにゴイルとムクチは照れ臭そうな表情を浮かべ、ここまで自分達の作った武器に感動するレナを見れば二人は職人冥利に尽きる。


レナは二人に深く感謝しながらも紅竜を装備した腕を空へ向けて伸ばし、今ならば本物の火竜にでも勝てる気がした――

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