第670話 退散

「皆、無事!?」

「ううっ……き、気持ち悪い」

「どうにか……」

「頭が痛いですわ……」

「私は割と平気……」

「くっ……すまない、手を貸してくれるか?」



レナの声に女性陣の方は意識を取り戻し、男性陣の方はデブリは起き上がったが、シデは完全に気絶していた。恐らくは直前で魔法を使用した直後で魔力を失っていたため、ヒトラの攻撃で完全に魔力を失ってしまったのだろう。



「おい、起きろ……駄目か、くそっ。僕が背負うからこいつの事は気にするな」

「分かった。皆、早く逃げて……ここにいると不味い気がする」

「そうだな……ヒトラの事は追いかけたいが、もう追跡するのは難しいだろう」



ジャックの時間稼ぎのせいでヒトラが逃げ出してから時間が経過し、残念ながら追いかけるのは難しい。ヒトラの言葉が事実ならばこの工場区の地下通路は盗賊ギルドが築き上げた通路、ならば彼にとっては自分の家の庭のように等しい。


ここまでレナ達を誘導していたという言葉も嘘とは思えず、そもそも今のヒトラは年老いた老人ではなく、若さに満ち溢れたアルトの肉体である。更にバジリスクやオーガなどの魔物を配置していた事を考えても追跡は危険過ぎた。



「すぐにここから逃げましょう!!でも、どうすれば……」

「あ、あそこ!!あそこに何か通風孔っぽいのがあるぞ!!あれを抜ければ外に出られるんじゃないのか?」

「本当ですわ!!でも、そんな簡単に抜けられるのでしょうか?」

「他に選択肢はない、挑んでみるしかない」

「ちょ、ちょっと待て……それ、僕が通れるのか?」



コネコが通風孔を発見すると、こちらを通って脱出できないのかを試そうとする。だが、通風孔の大きさから考えても大人が通るのは難しく、デブリは自分が通れるのか不安そうな表情を浮かべるが、レナはある事を思いつく。


倒れている円卓に近付くと、机の材質を調べて簡単には壊れなさそうな事に気付き、時間がないため、レナは全員を呼び寄せて円卓の下に隠れるように指示を出す。



「皆!!この円卓を付与魔法で浮かばせるから、頭を伏せて隠れていて!!」

「えっ!?ど、どうするのレナ君!?」

「一か八か、天井を破壊して脱出するしかない!!」

「ええっ!?本気で言ってるのか!?」

「言い争っている暇はないんだよ!!そいつが蘇る前に脱出しないといけないんだ!!」

「蘇る……うわっ!?な、なんだこの気持ち悪いの!?」



話している間にもジャックの肉片が一か所に集まり、徐々に一つに固まっていく。肉片の量から計算しても3分の1は集まり始め、もたもたしているとジャックは完全に蘇るまでそれほど時間に余裕はない。


レナは付与魔法で円卓を浮かばせると、その下に全員を避難させて隠れさせる。この場所がどれほど地下に存在するのかは不明だが、レナは籠手に付与魔法を発動させる前にルイに頼む。



「ルイさん、俺に魔法強化の補助魔法を……」

「……分かった。君に僕の命を預けるよ……魔法強化ブースト!!」

「くぅっ……!!」



今まで一番の魔力が活性化する感覚にレナは襲われ、全員が円卓に避難したのを確認すると、最後にレナはジャックに視線を向けた。仮に天井を破壊して瓦礫が落ちてきた場合、ジャックの肉片は下敷きになるのは必然だった。その場合、ジャックは自力で脱出して再生できるのかは分からない。


恐らくだが肉片と化したジャックが瓦礫の下敷きになれば復活は難しく、上手くいけば瓦礫に挟まている間は抜け出せない可能性もある。数百の肉片と化した事でジャックが宿す膨大な闇属性の魔力も拡散し、今では脅威とは言えない。もしかしたら永遠に瓦礫に閉じ込められたまま、この場所に封じられる結果になるかもしれなかった。



(ジャック……)



レナは自分に対して憎しみを抱き、死して尚も殺そうとしてきたジャックの姿を思い浮かべる。それは義理の両親や親しかった村人を殺された時のレナと同じ感情で間違いなく、悪人ではあったがジャックの目的は親友の仇を討つためだけに彼は命さえも捧げた。


だが、ジャックの行動に同情の余地があってもレナは止まる事は出来ず、自分を殺そうとする存在ならば容赦はしない、否、容赦してはならない。仮にもしもジャックが復活してレナを殺しに来たとしても、その時は全力で叩き潰す。



「ジャック……その状態で聞こえているのかは分からないけど、これだけは言っておく。もしも俺の事を殺したいと思うのなら、俺だけを殺しに来い。もう、無関係の人を巻き込むな」

「レナ君……」

「兄ちゃん……」

「レナさん……」

「レナ……」



ジャックの肉片に対してレナは最後に言葉を告げると、天井に視線を向ける。そして籠手と闘拳に同時に付与魔法を施し、恐らくは最大威力の衝撃波が生まれる事を予想しながらもレナは両手の武器と防具に宿った魔力を開放した。

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