第668話 師と弟子

『ううっ……』

「えっ!?」

「し、師匠!?」

「生きていたの!?」

「こ、これはっ……!?」



サブの身体がゆっくりと起き上がり、その様子を見てヘンリー達は目を見開く。先ほどまでは完全に死亡していたはずだが、唐突に黒色の炎のような魔力を全身に宿したサブが動き出した事に彼等は驚く。


だが、喜ぶのも束の間、サブは焦点の合っていない瞳を向けると、真っ先にヘンリーに顔を向けた。4人の弟子の中でも最も魔法の才能に恵まれ、魔力に満ち溢れたヘンリーに対して「死霊人形」と化したサブは喰らいつこうとした。



『ガアアッ!!』

「師匠っ……!?」

「離れろっ!!」



ヘンリーは自分に向けて噛みつこうとしてきた師に対して戸惑うが、咄嗟にシュリがヘンリーを突き飛ばしたお陰で彼は地面に転んで噛みつかれるのは回避された。


サブの変貌ぶりを確認したマドウはすぐにサブの状態を見抜き、彼が死霊人形と化した事を知る。まさか、死霊使いが傍にいない状態で死霊人形と化した事にマドウは動揺を隠せず、どのような手段でサブを死霊人形へと変貌させたのかと疑問を抱く。



(何故、サブが……いや、それよりも何とかしなければっ!!)



これ以上の魔力の消費をすれば最上級魔法の発動に影響が及ぶかもしれないが、死霊人形と化したサブを放置は出来ず、マドウは掌を構えた。


杖も魔石も用意していない状態での魔法は身体に負担が掛かるが、手段は選べないため彼はサブの弟子達を救うために魔法を発動させようとしたとき、先にワドルフが自前の鉄槌を振りかざす。



「うおらぁっ!!」

『ガアッ……!?』

「し、師匠!?」

「なんてことをするんですか!?」

「馬鹿野郎、さっさと離れやがれっ!!」



レンチでサブの頭を殴りつけたワドルフを見て弟子達は騒ぎ出すが、すぐにゴイルとムクチが彼等の首根っこを掴んで離れさせる。サブと向かい合ったワドルフは鉄槌を構えながらも様子を伺い、どう見ても瘴気ではないのは確かであった。



『ウウゥッ……』

「……こいつ、もう人間じゃねえな。いったいどうなってんだ、アンデッドか?」

「や、止めてください!!師匠を傷つけるのは……」

「いい加減にしろ、現実を見るんだ!!こいつはもう、お前らの師匠じゃねえ……化物なんだよ!!」

「それは……!!」



鉄槌を構えるワドルフにヘンリーは止めようとしたが、すぐにゴイルが抑えつけて彼等には残酷な真実を伝える。弟子達もサブがもう自分達の知っているサブではない事は理解しているが、それでも諦めきれずに話しかける。



「師匠、僕です、ヘンリーです!!泣き虫のヘンリーですよ!?本当に分からないんですか!?」

「お師匠様、もう止めてっ!!」

「師匠……」

「師匠!!」

『ウウッ……アアアアッ!!』



弟子達の言葉を耳にしたサブだが、完全に意識は残っておらず、獣の様な咆哮を放つ。その様子を見てマドウは唇を噛み占め、やはりジャックとは違ってサブには意識がない事に気づく。


ジャックの場合は死ぬ寸前でヒトラの手で死霊人形と化した。そのお陰で彼は死して尚も生前の意識を失う事もなかったが、サブの場合は完全に死んだ状態からの復活なのでもうサブの意思は欠片も残っていない。


弟子達がいくら泣き叫ぼうと今のサブには通じず、それどころか普通の人間よりも魔力に満ち溢れた彼等を完全に餌と判断して襲い掛かろうとする。このままではサブの弟子が危険だと判断したマドウは対抗策を考える。



(いったいどうすればいい……死霊人形を浄化させる程の聖属性の魔法の使い手はここにはおらん。やはり、儂が何とかするしか……)



死霊人形を倒すには聖属性の魔力を与えて浄化させるか、あるいは火力の高い魔法で肉体その物を維持できない程に焼き尽くすしか方法はない。マドウは無理を承知で今の状態で上級の砲撃魔法を発動させようとしたとき、甲板から予想外の人物が現れてサブを後ろから抱き着く。



「師匠、もう止めてくれ!!」

『アガァッ……!?』

「「「「ブラン!?」」」」



姿を現したのは今まで何処にいるのか不明だったブランであり、彼は涙を流しながら変わり果てた師に抱き着く。必死にサブはブランを引き剥がそうとするが、彼は身体を爪で引っかかれようが噛みつかれようが離れず、苦痛の表情を浮かべながらも抑えつけた。


他の弟子達はブランの行動を見て驚くが、ブランはサブの胸元に存在する異物に気づき、手元を伸ばす。そしてサブの胸元に埋まっている黒色の魔石に気づき、他の者に声をかける。



「早く、早くこの魔石を破壊しろ!!」

「魔石!?」

「どうして師匠の身体にそんな物が……」

「早くしろ!!俺が抑えている内に、壊せっ!!」

「で、でも……それを壊したら師匠は……」

「いい加減にしろ!!いつまでも……師匠を苦しめるな、師匠を楽にさせろ……それが弟子である俺達の務めだろうがっ!!」

『っ……!!』



ブランの言葉にヘンリー達は衝撃を受けた表情を浮かべ、やがて全員はブランに抑えられているサブに視線を向けると、聖属性の魔法の使い手であるヒリンは拳を握りしめた。

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