第667話 遺言

「お前さん、本気で言っているのか?今の状態で最上級魔法とやらを発動すればお前さんは死ぬんだろう?」

「何、そうとも限らんさ……運が良ければ意識を失う程度で済むかもしれん」

「阿呆がっ!!仮に生きていたとしてもこの船を爆破すれば結局は同じことだ!!火竜を道連れに死ぬつもりか!?」

「……儂は十分に長生きした。もう思い残す事は……ない」



ワドルフの言葉に力なくマドウは笑い、その表情を見た者達は視線を逸らすしかなかった。この状況下でマドウの行動を止められる人間はおらず、最早手段を選ぶ余裕はない。


火竜を倒せる可能性があるとすればマドウの最上級魔法しか有り得ず、それ以外の方法で火竜を倒す手立てはない。そして最上級魔法を使用すればマドウも無事ではいられず、ほぼ間違いなく命を落とす。


それでもマドウは国を守るために戦わなければならない。唯一の心残りがあるとすれば自分の教え子たちを大人になるまで育てるという夢を果たせなかった事だが、既に立派に成長した生徒たちの事を思い浮かべれば心は晴れた。



(サブよ、待っておれ……すぐに儂もそちらに向かう、もう儂らの時代は終わりを迎えたのだ)



サブが自分の弟子の中でも若く、将来があるヘンリー達をこの場に残した理由、それは彼等が生き残る可能性が最も高いと知っていたからだ。


七影の一人としてサブはヘンリー達の事を犠牲にしてでも目的を果たすつもりだったが、それならばどうして他の弟子達のように彼等に事前に情報を伝えなかったのか、それはサブも直前まで弟子を死なせる事を躊躇していたのだろう。



(お主の気持ちはよく分かるぞサブ……だからこそ安らかに逝け、すぐに儂も後を追う)



覚悟を決めたマドウはレナが訪れるまで飛行船に待機を行い、最上級魔法の準備を行う。彼は杖を失ったため、より身体に大きな負担が掛かる事を承知でも、確実に火竜を倒すために全員に命令した。



「レナをここまで連れて来てくれ。この作戦には彼の力が必要だ、何としても見つけ出すのだ!!」

『はっ!!』



マドウの言葉に兵士達は従い、ジオとゴロウもレナの捜索のために動き出す。一方でイルミナの方もマドウに対して一礼し、捜索へ向かおうとしたが、ここでサブの遺体に泣きつく弟子達に視線を向ける。


この状況で彼等を残して自分も捜索に出向く事に躊躇したイルミナだったが、マドウは彼女に振り返って頷き、ヘンリー達の事は自分に任せるように促す。ワドルフやゴイルやムクチもここに残り、彼等の事を見張っているのでイルミナは大丈夫かと判断して自分もルイの捜索へと向かう。



「何かあったらすぐに戻ってきます!!大魔導士もお気を付けください!!」

「うむ、イルミナよ……ルイの事をよろしく頼む」

「……はい」



まるで遺言のように語り掛けてくるマドウにイルミナは一瞬返事を迷ったが、すぐに天馬に乗り込んでレナ達の捜索へと向かう。そしてマドウはサブの弟子達に近付き、彼等に語り掛けた。



「お主たちも早くここを立ち去ると良い。安心せい、これ以上何もしないというのであればお主たちを罪に問う事はしない」

「ぐすっ……な、何でですか……僕達だって酷いことをしようとしたんですよ?」

「そうね……事前に止められたとはいえ、私達もお師匠様の言葉に従ってこの船を爆破しようとしたのも事実だわ」

「……憐れみのつもりか」

「殺せっ……」



サブの遺体の前に無き縋る4人に対してマドウは首を振り、彼等を見逃すのはただの同情ではなく、マドウにとっても4人は魔法学園に通う生徒達だからである。



「お主等も儂の教え子じゃ……ならばお前達を守る義務は儂にもある。さあ、サブを連れて離れていなさい。この船は儂と共に運命を共にする」

「何を言っている……最上級魔法でお前が火竜を仕留めればこの船は無事なんだろう?」

「その可能性も否定しきれんが、それでも船に乗り続けるよりもここで避難しておいた方が生き残る可能性が高い。ワドルフよ、すまんがこの子たちを頼めるか?」

「……おう、いくぞガキども」

「師匠を何時までもこんな甲板に寝かせておくもんじゃねえ……早く降りな」



マドウの言葉を聞いてサブの弟子達は黙り込み、そんな彼等に対してワドルフとゴイルは彼等を説得して船から降りさせようとした時、ここで予期せぬ出来事が生じた。


最初に異変に気付いたのはゴイルであり、彼はサブの遺体の前で泣きじゃくるヘンリー達を見て自分も声をかけるかと思ったとき、ここでサブの遺体に異変が発生した。唐突にサブの胸元の部分から黒色の炎のような物が出現した事に気付き、ムクチは咄嗟に声を出す。



「離れろ、様子がおかしいぞ!!」

『えっ?』



ムクチの言葉にヘンリー達は驚いて彼に顔を向けた瞬間、サブの肉体に闇属性の魔力に包まれ、彼の眼が見開かれた。

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