第642話 死霊人形

「喰らえっ!!」

「グハァッ!?」



レナの右腕から闘拳が射出され、下水道に存在するジャックの腹部へと貫通した。その結果、闘拳は腹部に食い込み、更に聖属性の魔力が闇属性の魔力を消し去る。


その光景を確認したレナはジャックを倒したと確信したが、ジャックは苦痛の表情を浮かべながらも自分の腹部に食い込んだ闘拳を掴み、無理やりに引き剥がす。



「ガアアッ!!」

「なっ……馬鹿な!?」



ルイはジャックが無理やりに闘拳を引き剥がした光景を見て驚き、更にジャックは消滅しかけた闇属性の魔力を再び生み出し、憎々し気にレナを睨みつける。その彼の気迫にレナは気圧され、他の者達さえも背筋が凍り付く。



「オマエ、ダケハ……ユルサナイ」



それだけを告げるとジャックは闇の中へと消えていき、残されたのは聖属性の魔力を失い、通路に落ちた闘拳だけだった。どうやら退散したようだが、本来ならばアンデッドの弱点であるはずの聖属性の魔力を帯びた攻撃を受けても浄化する事はなく立ち去ったという事実にレナは冷や汗を流す。


聖属性の魔力だけがかき消されたらしく、闘拳に関しては無事に回収は行えた。しかし、下水道に消えてしまったジャックを追いかける事は出来ず、仮に追いかけたとしても今のレナではジャックを倒す事が出来ないように感じた。



「……どうやら、あの男は禁忌を犯したようだ」

「えっ?」

「最早、人間の身体をしていなかった。恐らく、奴は死霊魔術師と契約を交わして死霊人形になったんだろう」

「し、死霊人形?それはどういう意味ですの?」



ルイの言葉に他の者達は戸惑い、ジャックの身に何が起きたのかを質問する。ルイは全員の顔を見合わせ、仕方がないとばかりに説明してくれた。



「死霊人形とは、通常のアンデッドとは異なり、生前の状態で死霊魔術師に死霊術を施された存在なんだ」

「死霊術?」

「死霊術というのは分かりやすく言えば死体をアンデッドに変化させる魔法なんだが、これを生物に使用した場合はとてつもない変異を引き起こす」

「変異?」

「生きたまま肉体がアンデッドへと変異するんだ。しかも、通常のアンデッドよりも闇属性の魔力を取り込み、より凶悪な存在へと変異する……だが、並大抵の生物はその変異に耐え切れずに死んでしまう。しかし、精神が強靭な人間の場合、極稀に意思を残した状態でアンデッドへと変貌する……その人間は死霊人形と呼ばれるんだ」

「死霊人形……」



レナ達は下水道に消えたジャックの姿を思い浮かべ、確かに異形な姿をしていたが、ジャックの場合は人間としての意識は確かに保っていた。しかも先ほどはアンデッドの大群を浄化させたレナの魔法拳さえも無効化する程の尋常ではない力を所有していた。


通常のアンデッドならばレナの闘拳の一撃を受けた時点で肉体の浄化は免れなかっただろうが、ジャックの場合は驚異的な精神力で浄化を拒み、逃走を果たした。それだけでも厄介なのだが、問題なのはジャックを変異させた死霊魔術師である。



「くそっ……どうやら私達が探している死霊魔術師は地下に潜んでいたのか。それで今まで見つける事が出来なかったのか」

「そうだ、二人はジャックを変異させた死霊魔術師は見ていないの?お爺さんの姿をしてるんだけど……」

「残念だけど、私が発見した時にはもうジャックはあの姿になっていた。戦うのはまずいと思ってここまで逃げてきたら、偶然デブリにも遭遇した」

「僕は地下に落ちた時に少し気絶してたんだけど、シノに起こされてここまで一緒に逃げてきたんだ。というか、あれなんだ!?とんでもない化物が暴れてるぞ!?」

「そうだった、今はジャックを気にしている場合じゃない!!ケルベロスをなんとかしなければ……!!」



デブリの言葉に全員が地上で暴れるケルベロスの様子を伺い、早急に対処しなればならない事を思い出す。レナは闘拳を回収すると聖属性の魔石を破壊し、魔力を取り込む作業を再開する。



「くっ……ルイさん、さっきのジャックのように聖属性の魔力を宿してケルベロスに打ち込んでも無効化される可能性はありますか?」

「十分にあり得るね。だが、僕達にこれ以外の方法はないんだ。どうにか限界まで聖属性の魔力を取り込んで攻撃を仕掛けるしかない」

「ど、どうなってるんだ!!あんな化物、何処から来たんだ!?」

「落ち着いてデブリ君!!今は説明している暇がないの、とにかくレナ君を守らないと……」

「お~い!!兄ちゃん、大変だ~!!」



会話の最中、上空から聞き覚えのある声が響き、全員が振り返るとそこにはコネコがバトルブーツを利用して空を駆け抜ける姿が存在した。彼女はレナ達の元に降りると、デブリとシノが存在する事に気づき、驚いた声を上げる。



「あれ!?あんちゃんにシノの姉ちゃんも戻ってたのか!?良かった、やっぱり生きてたんだな!!」

「コネコも無事でよかった」

「そんな事より、何が大変なんだ?」

「あ、そうだった。これだよこれ!!実はこんなのを拾ってきたんだ!!」



コネコは懐に手を伸ばすと、レナに青色に光り輝く「弾丸」を渡す。それを受け取ったレナは驚いた表情を浮かべ、その弾丸の正体がオリハルコンで作り上げられた物だと知る。

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