第639話 静かな怒り

「駄目だ、レナ君!!その槍を使ったら……」

「大丈夫です、問題ありません。俺の付与魔法は……そんな簡単には解けません!!」



魔鉄槍を手にしたレナは上空に掲げた瞬間、周囲を取り囲んでいたアンデッド達は魔鉄槍の放つ光を浴びると、怯んだように武器を落としてしまう。



「アアッ……!?」

「ウオオッ……!?」

「ウェエッ……!?」

「く、苦しんでいる!?」

「なるほど、聖属性の魔力を帯びた光を受けて体内の闇属性の魔力が浄化されているんだ」

「え、どういう事だ!?」



ルイの言葉にコネコは驚き、アンデッドに何が起きているのかを尋ねると、彼女は手短にアンデッドがどのような存在なのかを話す。



「アンデッドとは分かりやすく言えば死体に闇属性の魔力が宿した存在だ。アンデッドは生物の魔力に反応し、襲い掛かる。他の生物を喰らう事で魔力を奪い取り、闇属性の魔力へと変換する習性を持つんだ。しかもいくら肉体を破損しても、アンデッドには明確な意思は存在しない。生物の放つ力を感じ取る事は出来ても知性がないから襲い掛かる事しか出来ない」

「でも、こいつらは武器を手にしてるぞ!?」

「恐らくはアンデッドを作り出した人間の仕業だ。アンデッドは本来は人間に従う存在ではないが、アンデッドを生み出した者の場合は別だ。アンデッドを操作して武器を装備させ、僕達を襲わせようとする人間がいるはずだ」

「なら、そいつをぶっ飛ばせばいいのか!?」

「駄目だ、仮にアンデッドを生み出した人間を倒しても一度生み出したアンデッドは消える事はない。アンデッドを倒すのは身体を炎で焼き尽くすか、あるいは聖属性の魔法で体内の闇属性の魔力を浄化するしかない……今のレナ君のようにね」



アンデッドの説明を終えたルイはレナに視線を向けると、レナは魔鉄槍に付与させた聖属性の魔力を利用し、接近するアンデッドを浄化しようと試みる。


聖俗の魔力が放つ光を浴び続けたアンデッドの集団は身体から黒煙のような魔力を放出させ、やがて電池が切れた人形のように倒れていく。体内の闇属性の魔力が聖属性の魔力によって強制的に排出され、消えていく様子だった。


レナは無数のアンデッドに視線を向け、先ほどの老人の事を思い出す。間違いなく、このアンデッドを生み出したのは黒兜をケルベロスへと変貌させた老人の仕業である事を見抜き、レナは我慢できずに魔鉄槍を下すと、左手で聖属性の魔石を掴む。



魔法拳ブレイク!!」

『ッ――!!』



左手で付与魔法を発動させて聖属性の魔石を握りつぶしたレナは地面に拳を叩きつけると、一気に聖属性の魔力を拡散させ、周囲に白霧を想像させる魔力が広がる。その結果、魔力を浴びたアンデッドの集団は次々と浄化されて倒れ、やがて元の死体へと戻る。


全てのアンデッドを浄化を終えると、レナは血まみれになった左手を地面から話す。闘拳を身に付けた右腕ではなく、直に掌に魔石を握りしめて無理やりに破壊したせいで魔石の破片が掌に食い込み、傷ついたらしい。それを見たルイはすぐにレナの元へ近寄り、回復魔法を施す。



「落ち着くんだレナ君、君のするべき事はあの怪物を倒す事……これ以上に無暗に魔力を消耗するのは止めるんだ」

「……はい、ありがとうございます」

「レナ君……」

「兄ちゃん……」

「レナさん……」



ルイに言われてレナは落ち着き、ミナ達は心配した表情を浮かべるが、今はルイの言う通りにケルベロスを倒すために専念しなければならない。アンデッドが出現したという事は先ほどの老人がレナ達の動きに気づき、行動を阻止させようとしている可能性が高い。


だが、逆に言えばそれはレナ達の行動を何処かで見張っている存在がいる事を証明し、すぐにルイはコネコに顔を向けた。



「コネコ君、この近くに我々の動向を探っている者がいるはずだ。そいつを見つけ出せる事は出来るかい?」

「ええっ……あたし、もう走りっぱなしできついんだけど」

「そうか、なら回復薬と回復魔法を掛けよう。それでどうにか頑張ってくれ」

「ちょ、マジかよ……くそ、また走るのか」



コネコはルイから回復薬を受け取り、ついでにブーツに装着した風属性の魔石を取り外して予備の魔石の装着を行う。この場の中で最も足が速く、勘が鋭いコネコ以外にレナ達の行動を監視する人間を見つけられる者はいない。


本来ならばこのような役目はシノが得意なのだが、彼女がいない以上は我儘は言えず、ルイは自分よりも範囲が広い魔力感知を行えるドリスにも声をかけた。



「ドリス君もきついだろうが手伝ってくれるか?レナ君が準備を整えるまで、僕らが守るしかないんだ」

「え、ええ……やって見せますわ」

「ぼ、僕達に出来る事はないんですか?」

「ミナ君とアルト王子はレナ君の護衛を頼む。それと……そこでへばっている子の面倒も見てくれるかい」

「う、うるせえ……」

「シャアアッ!!」



ルイは魔力切れで座り込んでいるシデに視線を向け、意識を保っているのも限界の様子だった。そんなシデに対してアルトが連れてきたヒリューが顔を覗き込むと、シデは悲鳴を上げて起き上がる。

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