第632話 地獄の番犬

大魔導士であるマドウも当然ながら「魔力感知」の技術は習得しており、魔力の位置を探って魔術師の居場所を探り当てると、オルトロスから30メートルほど離れた建物の屋根の上にドリスが存在する事に気づく。


彼女もここにいた事も驚きだったが、ドリスの傍にはミナとシデがいる事も知る。ミナはともかく、シデが同行している事にマドウは疑問を抱くが、ドリスは両手を上空に掲げて魔力を集中させる。



「これが正真正銘、最後の魔法ですわ……螺旋氷弾ドリルガン!!」

「うおっ!?」

「す、凄い………」



ドリスは魔力を集中させ、巨大な氷塊を作り上げると形を変形させて螺旋状の砲弾を作り出す。残された魔力を全て使い切り、作り出した氷塊の砲弾を維持しながらドリスはシデに声をかける。



「行きますわよシデさん!!」

「あ、ああ……分かったよ!!ファイアボール!!」



シデはドリスに言われて杖を構え、火球を作り上げる。その光景を見たマドウは咄嗟に止めようと声を掛けようとしたが、ここで下手に声を掛ければ彼等の存在がオルトロスに気づかれる恐れがあるため、口を閉じた。


火球を作り上げたシデは意識を集中させるように汗を流し、彼もここまでの道中で何度も魔法を使用しているので限界は近い。これが最後の攻撃になる事は理解しているため、失敗は許されない。



「喰らえデカブツっ!!」

『オアッ……!?』



オルトロスに向けて3メートル級の火球が放たれ、ここでやっとオルトロスはドリス達の存在に気づくが、迫りくる火球に対して反射的に前脚を伸ばす。


仮に衝突したとしてもマドウの砲撃魔法を受け切るぐらいだからシデの作り出したファイアボールなど通用しないだろう。だが、シデもそれを見越しての行動だった。



「曲がれぇえええっ!!」



シデの掛け声に反応するかのようにファイアボールは軌道を変更すると、オルトロスの本体ではなく、オルトロスの傍に存在した建物へと直撃した。火球が触れた瞬間に爆発し、建物の残骸が周囲へと飛び散る。



『オアッ……!?』

「今ですわ!!喰らいなさい、私の全身全霊の一撃ぃっ!!」



ファイアボールによって炎が燃え移った残骸を浴びたオルトロスは僅かに怯み、その隙を逃さずにドリスは特大の螺旋氷弾を放つ。実体が存在する魔法ならばオルトロスにも十分通用する可能性が高く、直撃すればゴブリンキングであろうと倒せるだけの質量を誇る攻撃をドリスは行う。


正真正銘の最後の彼女の攻撃魔法のため、失敗すれば次はない。だからこそシデの協力を得てオルトロスの隙を作り出し、最高のタイミングで攻撃を仕掛けたのだが、オルトロスは迫りくる氷塊の砲弾を見て二つの狼の頭を伸ばす。



『オオオオオッ!!』

「なっ!?」

「そんな馬鹿なっ!?」



頭部だと思われた二つの狼の頭を移動させ、まるで腕のように伸ばして迫りくるドリスの螺旋氷弾を受け止めると、オルトロスの巨体が後退る。螺旋氷弾は胴体に直撃する寸前で二つの狼の頭に文字通りに食い止められてしまう。


その光景を目撃したマドウとアルトは驚愕の声を上げ、一方で狼の頭を腕代わりに利用したオルトロスは更に姿を変化させ、遂には新しい狼の頭を作り出す。それを見たレナは無意識に呟く。



「ケルベロス……!?」




――3つ目の狼の頭を作り出した巨大生物を見てレイナの脳裏に「三つ首の地獄の番犬」と呼び称される「ケルベロス」の姿が思い浮かび、ドリスの作り出した螺旋氷弾を噛み砕くと2つの狼の頭は元の位置へと戻り、やがて3つの狼の頭を持つ「ケルベロス」へと変貌した。





ケルベロスと化した怪物はドリスが最後の魔力を利用して作り上げた氷塊を粉々に破壊すると、より姿を狼のように変化させ、咆哮を放つ。その姿は正に地獄の番犬に相応しく、おぞましい姿をしていた。



「そ、そんな……私の魔法、が……」

「ドリスさん!?」

「まずい、魔力切れだ……すぐにここから逃げるぞ!!」



自分の魔法が破壊された光景を見たドリスは衝撃を受けた表情を浮かべ、やがて力を失うように倒れる。そんな彼女を慌ててミナは抱きかかえ、シデは逃げるように促すが、その様子を見てケルベロスが動き出す。



『ウォオオオオッ!!』



建物を破壊しながらケルベロスはドリス達が存在する場所へ向かおうとすると、すぐにミナはドリスを抱えて逃げ出そうとした。だが、魔術師であるシデは彼女程に身軽には動けず、迫りくるケルベロスを見て悲鳴を上げる。



「ひいいっ!?だ、誰か……」

「シデ君、早く逃げないと!!」



ミナはドリスを抱えた状態で別の建物に飛び移ろうとしたが、シデは腰が抜かしたのかへたり込み、動けなかった。その様子を見て慌ててミナが駆けつけようとするが、既にケルベロスは目前まで迫っていた。


もう駄目かと思われた時、ミナ達の元に突風が発生すると、バトルブーツの力で加速したコネコが駆けつけてきた。彼女はミナとシデの腕を掴むと勢いよく飛び出す。



「うりゃああっ!!」

「わあっ!?」

「うぎゃっ!?」

『オオオオッ……!!』



ケルベロスが建物を破壊する寸前、コネコによって3人は別の建物の屋根の上に避難する事に成功したが、その際に勢いが付きすぎて全員が派手にぶつかってしまう。

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