第629話 オルトロス

――黒兜の復活の雄たけびは他の地区にて昆虫種を殲滅していた竜騎士隊や街の冒険者達の耳にも届く。空を飛ぶ昆虫種は飛竜に乗った竜騎士が相手をする一方、地上を暴れる昆虫種は冒険者ギルドや金色の隼の冒険者達が対応を行っていた。


王都の冒険者と兵士の協力もあって昆虫種の大部分は討伐が完了したが、復活を果たした黒兜の姿はアルトが操るヒリューに乗り込んだマドウも確認し、その異形な姿を見て目を見開く。



「馬鹿な……!?」

「先生……あれは何ですか!?何が起きているというのですか!?」

「シャアアッ!!」



ヒリューに乗り込んだアルトは黒兜の元へ接近しながらもマドウに声をかけ、目の前に存在する怪物に恐怖を抱く。黒兜は先ほどのレナとの戦闘によって角は破壊され、内側から衝撃を受けて甲殻の方もほとんどが罅割れていた。


しかし、マドウとアルトの視界に入った黒兜は全身が黒色の炎のような物に覆われ、徐々に姿が変化していく。巨体の全身が昆虫の繭のように変化を果たし、やがて形を変えて徐々に他の動物のような姿へと変化を果たす。


そして誕生したのは2つの頭を持つ巨大な狼だった。その姿を確認したマドウは目つきを鋭くさせ、アルトは茫然とする。どちらも目の前に現れた異様な姿をした魔物の名前を知っていた。




――この世界でもあまりにも有名な存在であり、竜種と同様に存在その者が災害と呼ばれた巨狼、かつて勇者が命と引き換えたに倒したと言われる伝説の二頭の魔獣「オルトロス」その物であった。




「オル、トロス……!?」

「いや、あれは違う……ただの紛い物、本物ではない」



アルトの言葉に大してマドウはすぐに否定するが、外見に関しては正に古から伝わる伝説の魔獣と瓜二つである。だからこそアルトが勘違いしても仕方のない話だが、マドウはオルトロスが放つ禍々しい闇属性の魔力に歯を食いしばる。



(そういう事か……奴が遂に動き出したか、七影の長め!!)



オルトロスと酷似した魔獣が放つ魔力を感知したマドウは憎々し気げな表情を浮かべ、地上の様子を伺う。間違いなく、この付近に自分の友人や弟子、そして実の「子供」の仇が存在すると知って彼は我を忘れそうになった。


しかし、オルトロスと化した黒兜の死骸はまるで本物の狼のような咆哮を放ち、マドウの意識を強制的に取り戻す。それどころか他の地区に広まっていた竜騎士達も異変を察し、オルトロスの元へと向かう。



「大魔導士!!あれはいったいなんだ!?」

「カイン大将軍、お主も来たか……」

「そんな事はどうでもいい!!あれは何なのかを聞いている!!」



マドウの元に真っ先に飛竜に乗って駆けつけたのは大将軍を務めるカインであり、彼は工場区に出現したオルトロスを目撃してマドウに問う。この状況下で敵の正体に心当たりがあるとすればマドウ以外に存在せず、カインは率直に尋ねる。


一方でマドウの方はどう答えるべきか悩み、少なくとも彼の中では街中に誕生したオルトロスは本物の伝説の魔獣ではない。だが、偽物といってもオルトロスから放たれる禍々しい魔力を感じ取ったマドウはその危険性を十分に感じ取っていた。



「……カインよ、あれは化物だ。恐らくは竜種に匹敵する力を持つ」

「馬鹿な……」

「どうすればよろしいのですか先生!?奴を倒す手段はあるのですか!?」

「……一先ず、無暗に近づいてはならん。奴の身体に触れるのは危険すぎる、一旦距離を置いて儂の魔法で攻撃を行う」

「倒せるというのか?」

「やってみなければ分からん……だが、工場区の住民の避難は完了しているのであれば儂も全力を出しても問題はないだろう。アルト、近づくのだ!!」

「は、はい!!」

「カイン、お主は竜騎士隊を集って我々の援護を務めろ!!」

「承知した!!」



状況が切迫しているため、マドウは大将軍や王子であるカインやアルトに対しても敬語は使わず、指示を出す。カインもアルトもマドウの指示に反対せず、即座に行動を起こす。


アルトが操るヒリューはオルトロスに接近すると、ある程度の距離まで近づいたところで唐突に速度を落とし、近づくのを嫌がるようにオルトロスの周囲を移動する。そのヒリューの行動にアルトは戸惑い、言う事を聞かない事をマドウに告げた。



「シャアアッ……」

「先生、飛竜がこれ以上近づこうとしません!?」

「うむ、この禍々しい魔力に当てられたのだろう。無理はさせられん、ここから狙うしかあるまい」

「大丈夫なのですか!?」



オルトロスとアルトたちの距離は50メートルは離れており、しかも地上ではなく空中を移動しているので普通の魔術師ならば敵に狙いを定めるのは難しい。だが、そんなアルトの心配した言葉に大してマドウは杖を構えると、はっきりと断言した。



「要らぬ心配をするな!!儂を誰だと思っている!?」

「し、失礼しました!!」



マドウの言葉にアルトは自分の失言を悟り、自分の傍に存在するのはヒトノ国一の魔術師である事を思い出す。マドウは杖を構えると、躊躇なくオルトロスに向けて砲撃魔法を放つ準備を行う。

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