第628話 我こそは……
「何をっ……!?」
「静かにしろ……邪魔をしなければ何もしない」
「それはどういう意味ですの!?」
「おい、爺さん!!何をしているのか分からないけど、とにかく止めろ!!」
老人の行為にレナ達は戸惑い、何故だか嫌な予感を覚えた。そんなレナ達の言葉を聞き受けたのかは不明だが、老人は黒兜から手を離すとレナ達と向かい合う。
自分達の言葉に従ってくれたのかとレナは思ったが、改めて老人と向き合うとその異様な迫力に冷や汗を流す。痩せ細った身体、枯れ木のように萎びれた腕、皺だらけの顔面、何処からどう見ても年老いた老人にしか見えないのだが、まるで蛇を想像させる鋭い眼光を放つ。
相対しているだけでレナ達は圧迫され、まるで高齢でありながらも歴戦の将軍にも劣らぬ気迫を放つマドウと雰囲気が酷似していた。向かい合うだけで嫌でも只者ではないと思い知らされ、沈黙に耐え切れずにレナは老人に口を開く。
「貴方は……いったい、何なんですか!?」
「ふむ……その問いは儂が何者なのかを問うておるのならば答えてやろう。我こそは「アドルフ」……この名を知っておるか?」
「アドルフ……?」
レナはアドルフの名前を聞いても心当たりがなく、他の人間の顔を見ても知らない様子だった。そんなレナ達の反応にアドルフは黙り込み、やがて空を見上げる。
「儂の名前を知る人間さえもいなくなったか……常人ならばそれも時代の流れだと認めて諦めるだろう。しかし、儂は違う……今日、この日を以て儂は名前を取り戻す」
「名前を、取り戻す……?」
「いったい、何の話を……」
「これ以上、お主等のような子供と語り合う暇はない……最後に忠告してやろう、死にたくなければこの国から離れよ」
アドルフと名乗る老人はこれ以上にレナ達と付き合う暇はないとばかりに黒兜に振り返り、再び掌を構えた。その様子を見てレナは直観的に嫌な予感を覚え、腰に装着していた魔銃を構えた。
「止めろ!!」
「兄ちゃん!?」
「駄目だよレナ君!?」
「死んでしまいますわ!?」
弱々しい老人を相手に魔銃を構えたレナを見てドリス達は戸惑い、慌てて止めようとした。だが、レナだけは老人の行為の危険性を悟り、このまま放置すればとんでもない事態に陥ると直感が告げる。
魔銃を構えたレナは老人を撃つべきか悩んだが、即座に老人が耐性を整えるために握りしめている松葉杖に銃口を定め、発砲した。結果から言えば発射された弾丸は見事に老人の松葉杖を破壊し、体勢が崩れた老人は力なく倒れてしまう。その様子を見てレナは茫然とした。
「あっ……」
「ぐぅっ……愚かな事を、儂を撃っていれば間に合っただろうに……だが、その甘さが儂の運命を決めた」
――この時、レナはアドルフの身体を撃たなかった事を後々に後悔する。だが、この時点のレナは老人の言葉の意味が理解できなかった。
松葉杖を破壊されたアドルフはそれでも黒兜の死骸に手を伸ばす事は止めず、倒れた状態でありながらも「死骸」へと黒色の魔力を纏わせた掌を当て続ける。やがて黒兜の死骸に変化が訪れる。
完全に死んでいたはずの黒兜の巨体が徐々に震え始め、やがて目元が血のように赤黒く変化を果たすと、巨体がゆっくりと傾き始めた。その様子を見てレナ達は呆気に取られ、何が起きているのかと理解できなかった。
「そ、そんな……」
「馬鹿なっ!?死んだんじゃないのか!?」
「嘘だろ、おい!?」
「そ、そんな……」
「皆さん、ここにいては押しつぶされますわ!!早く逃げないと……!!」
不自然な状態から起き上がった黒兜を見てドリスは急いで避難するように促すと、レナ達はその場を駆け出す。だが、この時にレナはアドルフの様子を確認すると、彼はゆっくりと起き上がり、レナ達が立ち去る様子を見送っていた。
この時のアドルフの表情はレナは忘れられず、悲壮な雰囲気を纏いながらも口元に笑みを浮かべ、彼は両腕を広げると高らかに宣言する。
「さあ……ヒトノ国よ、今こそ生まれ変わる時が来たのだ……お前が儂を拒むのであれば儂を止めてみせろ!!」
黒兜の巨体がゆっくりと老人が存在する場所にまで迫り、やがてアドルフは体勢を翻した黒兜によって押し潰されようとしていた。その光景を目にしたレナは声を掛けそうになったが、巨体によってアドルフの姿は消え去る。
――オオオオオッ……!!
王都中に響くのではないかと思うほどのおぞましい鳴き声を放ち、完全に死んだはずの黒兜は蘇った――
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