第627話 老人

「シデの兄ちゃんはな、兄ちゃんを助けるために来たんだよ」

「ちょ、おまっ!?」

「え、俺を……どうして?」

「違う!!いや、違わないが……とにかく違う!!」

「どっち!?」



レナはシデが自分を助けるために現れたという言葉に驚き、そもそも彼とは二回程度しか顔を合わせていない。しかもどちらも相手の方から決闘を申し込まれており、決して良好な関係とは言えなかった。


そんなシデが自分を助けるために現れたという事にレナは戸惑うが、彼は手短に自分が訪れた目的を話す。レナを助けるのはあくまでも彼のためではなく、サブの思惑通りにはさせないためにやってきた事を強調する。



「いいか!?俺はお前を助けるんじゃない、いずれ俺はお前を超える!!それまでの間は他の奴にお前を殺させないためだ!!勘違いするなよ!!」

「あ、うん……そういう事か、分かったよ。それで、何でブラン君もここにいるの?」

「あ、えっと……実は私達を助けてくれたのですが、傷を負った状態で無理をして気絶しているのです」



レナはシデが抱えているブランを見て驚き、サブの5人の直弟子の中で彼だけは逃げたと聞いていたのだが、こんな場所でシデに抱えられて気絶している事に戸惑う。だが、シデとしてはブランの事はどうでも良く、サブが何処にいるのかをレナに問う。



「そんな事よりも師匠……いや、サブは何処にいる!?奴はどうなった!!」

「それが……今は拘束して飛行船の中に閉じ込めているよ」

「拘束!?あのサブ魔導士を!?」



サブが既に拘束されている事に今度はドリス達が驚き、レナは手短に何が起きたのかを話す。サブは反乱を企てたが、事前にマドウには彼の動きが見抜かれていた事、船を爆破しようとしたサブの弟子達も同じく拘束し、閉じ込めている事を伝えた。


シデは既にサブが捕まっているという話に驚き、彼としては複雑な心境を抱く。自分の手でサブを捕まえたいと思っていたが、既に捕っているのであれば彼に出来る事はない。



「そ、そうか……サブはもう捕まったのか、くそっ……」

「……とりあえず、今は飛行船の方に避難しよう。さっき、イルミナさんが訪れて今回の騒動が盗賊ギルドが引き起こした事は判明したから、とりあえずはこの地区の住民たちは飛行船に集めて避難させてるんだ」

「イルミナさんも来てたの?」

「うん、凄く急いでたみたいだから俺は碌に話せなかったけど……」

「では火竜が接近している件はまだ知らないのですね?」

「火竜……!?」



ドリスの言葉にレナは驚き、彼女はシデがサブから聞かされた情報を伝える。街で暴れている昆虫種は盗賊達はあくまでも囮でしかなく、盗賊ギルドの真の目的は火竜をこの王都へ誘導させ、国を崩壊させようとしている事を伝える。


盗賊ギルドの目的を聞かされてレナは驚き、そんな真似をして盗賊ギルドに何の利があるのか理解できなかった。仮に王都を壊滅したところでヒトノ国を支配できるはずがなく、国が滅びれば盗賊ギルドも無事では済まない。



「どうして盗賊ギルドは火竜をここへ!?」

「し、知るか!!俺だってサブから聞かされただけで、目的までは聞いてない……だけど、サブが言うには火竜を呼び寄せればこの国を支配できると言っていた!!」

「そんな馬鹿な話があり得ませんわ!!仮に王族を人質として捕まえたところで、盗賊ギルドが国を支配できるはずがありません!!そんな恐怖政治をヒトノ国中の人間が納得しませんわ!!」

「じゃあ、火竜を使って無理やりに従えさせるつもりじゃないのか?」

「その場合は流石に他の国も黙ってはいないよ。特にヒトノ国と友好関係を結んでいる国だって動くと思うし……」

「とにかく、ここで話しても埒が明かない。まずはこの話を他の人にも伝えないと……」



レナはこの場を離れる事を決め、ひとまずは全員をドッグの方へ避難させようとしたとき、何処かで聞き覚えのある声がした。




「――ほう、何処かで見たと思えばあの時の子供か」




唐突にレナ達の耳に老人の声が響き、それほど大きい声ではないのに不思議と耳に残り、その声を聞いた瞬間にミナとコネコも反応する。一方でドリスとシデは戸惑いの表情を浮かべ、何処から聞こえてくるのかと周囲を見渡す。



「な、何だ!?誰だ!?」

「いったい何処から……」

「兄ちゃん、ミナの姉ちゃん、この声って……」

「うん、間違いない」

「あの時の……」



レナ達は裏街区に赴いたときに出会った人物の声だと気づき、この中では耳が良いコネコは声のする方角へと顔を向ける。彼女の視線の先は倒れている黒兜に向けられ、いつの間にか黒兜の傍には一人の老人が立っていた。


間違いなく、その人物は裏街区の奴隷街でレナ達と遭遇した老人であり、廃人同然のように過ごす奴隷街の住民の中でも比較的にまともで話しの通じる相手だったのでレナ達も顔を覚えていた。だが、どうしてこの状況でこの老人が裏街区を抜け出し、現れたのかとレナ達は警戒心を抱く。


一方で老人の方は倒れている黒兜に触れ、目元を閉じる。その様子を見てレナは彼が何をしているのかと尋ねようとしたとき、老人の掌に黒色の魔力が滲む。

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