第612話 ブランの境遇

「ぐはぁっ!?」

「やりましたわ!!」



ブランの身体に氷弾丸が的中した瞬間、彼の掌から放たれていた黒炎が消え去り、周囲を取り囲んでいた炎も消え去ってしまう。術者のブランが精神を乱した事で合成魔術を維持する事が出来ず、黒炎が消え去った事でドリスは無事に着地を行う。


右肩に的中したドリスの氷弾丸も消えてしまうが、ブランは右手が動かす事が出来ず、左手しか構えられなかった。それを見たドリスはブランの元に駆け出す。



「はああっ!!」

「く、くそっ……ぐあっ!?」



咄嗟にブランは残された左手を構えようとしたが、合成魔術を発動させるには両手を使う必要があり、片手だけではどうしようもできない。そんなブランに対してドリスは勢いよく踏み込むと、目元を光り輝かせて渾身の蹴りを放つ。



「必殺、金的ですわ!!」

「はぐぅっ!?」

「う、うわぁっ……」



ブランの股間に向けてドリスは容赦なく蹴り上げると、彼は衝撃の表情を浮かべて地面に倒れ込み、そのまま股間を抑えて身悶える。その様子を見ていたシデは若干同情するような表情を浮かべるが、黒炎が消えた事で慌てて彼も二人の元へ急ぐ。


ドリスはやり遂げた表情を浮かべて額の汗を拭い、彼女はブランの元へ歩む。大分魔力を消耗してしまったのでドリスの方も限界が近づいていたが、それでもブランに尋ねる事があった。



「ブランさん!!レナさんは、レナさんは無事ですの!?」

「ぐうっ……お、お前、何てことをするんだ……!?」

「いいかたら答えなさい!!」

「はぶぅっ!?」

「お、おい……少しやりすぎじゃ」



質問に答えないブランにドリスは平手打ちを食らわせると、シデが慌てて彼女を宥めようとした。だが、ブランは火竜の討伐のために集められた魔術師の部隊に属している事はドリスも知っており、工場区に存在するはずの彼がここにいる事にドリスは尋ねる。



「さあ、答えてください!!でないと今度は貴方のあれを引き千切りますわよ!!」

「ひいっ!?や、止めろっ……分かった、俺の負けだ!!」

「負けを認めろと言っているわけではありません!!そもそも誰がどう見ても私の価値である事は揺るぎありません!!ねえ、シデさん!?」

「え、あ、うん……そ、そうだな」

「くそ、何なんだよお前ら……分かった、降参だ。俺が悪かったよ……!!」



諦めたかのようにブランは身体の力を抜いて地面に仰向けになると、大きなため息を吐き出す。その様子を見て本当に降参するつもりなのかとドリスは手を離す。


ブランとしても自分の行動が正しい行為だとは思っていなかった。だが、敬愛する師匠の命令ならばと思って彼の指示に従っていたが、燃え盛る建物や人々を襲う昆虫種を目にして彼の心は揺らいでいた。



(畜生……こんな事が正しくない事だってのは分かってたんだよ。でも、仕方ないだろ……孤児だった俺を救ってくれたのは老師を裏切れるはずがねえ)



サブと出会う前のブランは裏街区に生まれ、親に捨てられた子供だった。まだ幼く、一人で生き残る術を持たなかったブランを拾い育て上げたのがサブだった。彼はブランの魔術師としての才能を見抜き、彼をここまで育ててくれた。


他の4人の直弟子達も同じような境遇であり、彼等にとってはサブこそが父親代わりの存在だった。だから今までは彼の命令ならばどんな事でも従ってきたが、レナ達と出会ってからはブラン達の心境にも変化が訪れる。





レナ達と出会う前のブラン達は自分達こそが優れた魔術師だと信じていた。もちろん、サブやマドウのように自分達よりも実力のある魔術師が存在する事はよく理解していたが、それでも同世代の中で自分達に勝る存在はいないと信じていた。


ところが魔法学園に入学し、対抗戦でレナ達と出会ってから彼等は敗北を知ってしまう。結局のところ、ブラン達は自分達が井の中の蛙であった事を知り、それからレナ達に対して対抗心を抱く。


だが、今まで同世代の人間の中で自分達と匹敵する力を持つ存在と出会えたことに関してはブランも他の弟子達も嬉しく思う。魔法学園の日々は意外と悪くはなく、時にはレナ達に協力してやった事もあった。


少しずつではあるがブランもレナ達の存在を認め始めていた頃、サブに命じられてレナ達を殺すように言われて戸惑う。折角見つけた「ライバル」を殺せという命令にブランも他の弟子達も動揺を隠せなかったが、サブはそんな彼等に命令を降す。



『一人残らず、確実に殺せ……それがお前らの役目じゃ』



普段は優しいサブからの信じられない言葉にブラン達は戸惑い、理由を尋ねても彼は答えてくれなかった。だが、敬愛する師の言葉を逆らえる事は出来ず、彼等はまずは老師に命令された通りに動くしかなかった。

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