第607話 借りは返す
シデにとっての悲劇はそれだけでは留まらず、真実を知った後に彼の元にサブが訪れた事だった。彼は屋敷に引きこもったシエの元に尋ねたのは初めてではないが、今回は普段のような陽気な彼ではなく、冷酷に淡々と用件だけを告げてきた。
『シデよ、お主は儂の弟子でありたいのであれば儂のいう事に従え』
『し、師匠……』
『今回ばかりは我儘は許さん、儂に従えないのであれば貴様は弟子ではない』
顔を合わせた途端に有無も言わせぬ気迫でサブはシデに一方的に言葉を告げると、自分に従わなければ師弟の関係を断つことを告げる。
父親の手紙を読んでサブの正体を知ったシデからすれば屈辱的な言葉であり、今の自分がサブの弟子である事を拘ると思っているのかと腸が煮えくり返る思いだった。
『……師匠に従います』
『うむ、それでいい。お前ならばそういうと思っていたぞ……我が弟子よ』
だが、自分の力量がサブには遠く及ばない事を理解していたシデは我慢してサブに従う。ここで下手に逆らえば殺されるかもしれず、それならば表面上は彼に従い、サブの命令とやらを聞くことにする。
サブを屋敷の中に案内すると、既に屋敷を売却する予定だったので家財もなく、お茶さえも出せない状態だった。そんな屋敷を見てサブはシデの精神を煽る様に告げた。
『随分とみすぼらしくなったのう……父親のせいでお主も苦労しておるな』
『いえ……』
よりにもよって父親の名前を出してきた事にシデは怒りを抱き、このような事態に陥ったのは確かに父親が原因なのは間違いない。
しかし、その父親を追い込んだのは盗賊ギルドである事を知ったシデは、盗賊ギルド側の人間の癖に父親を嘲笑するサブが許せなかった。
『まあいい、儂の命令を聞くのであればお主の面倒ぐらいは見てやる。どうじゃ?いっそのこと、儂の養子にでもなるか?』
『えっ!?』
『お前はその傲慢な性格を治せば見どころがあるからのう。本来ならば儂の直弟子にも劣らぬ力を持ちながら、お前はその他人を見下す性格が問題だから大事を任せられんかった』
『も、申し訳ありません……』
『だが、今回ばかりは失敗は許されん。シデよ、お主に命じる事はただ一つ……お前とは因縁深い相手に復讐の機会を与えよう』
少し前のシデならばサブの養子という言葉に喜んだろうが、真実を知った今の彼にとってはサブの言葉は心に響かない。しかし、彼の告げた「復讐の機会」という言葉にはシデも戸惑う。
『師匠、復讐とはどういう……』
『以前に、お主を破ったレナという魔術師を覚えておるな?その男とその仲間達の始末をお前に任せたい。要するに殺して欲しい』
『殺し……!?』
『最も、お主一人では手が余る相手だろう。だから他の弟子と協力し、騙し討ちでもいいから奴等の命を奪ってこい。もしも仮にお主が一人でも殺す事が出来れば……儂の直弟子にしてやってもいいぞ』
『……は、はい……!!』
サブの言葉にシデは身体を震わせ、それを見たサブはシデが人を殺すという行為に緊張しているかと思ったが、実際の所はシデが震えていた理由はサブに対する怒りだった。
シデはレナに二度目の敗北を喫した後から毎日鍛錬を欠かさず、レナや他の弟子を超えるために頑張り続けた。しかし、シデの目的はあくまでも相手を殺すのではなく、魔術師として正々堂々と戦い、相手に勝利するためである。そんなシデに対してサブは卑怯にも騙し討ちでもいいからレナを殺せばいいという言葉が許せなかった――
「――騙し討ちでもいいから殺せだと……ふざけやがって!!結局、あの爺は自分のお気に入り以外の弟子以外はどうでもいいと思って期待なんかしていないんだ!!こっちはあいつを倒すために頑張ってきたのに……どれだけ人を舐めやがって!!」
「シデ君……」
「そういう事でしたの……」
事情を聴いたチョウとドリスはシデの悲しみとサブへの恨みを知り、同時に本気で彼がレナ達を超えるために頑張ってきたのかを伺える。
かつてレナと敗れた時よりもサブは腕を磨き、父親の残してくれた財産を全て使って杖と魔石を購入した。そして彼はレナを倒すためではなく、サブの計画を阻止して父親を追い詰めた報いを晴らすために戦う事を告げた。
「お前らとは今日限りだ!!あの男の計画なんか台無しにさせてやる!!」
「な、なんだと!?」
「貴様、本気で裏切るつもりか!?」
「裏切る?はっ、元からお前らの仲間じゃねえよ!!」
シデはチョウを振り払うと、ドリスの方へと振り返り、悔し気な表情を浮かべながらも彼女に小袋を差し出す。ドリスは戸惑いながらも受け取ると、その中には魔力回復薬と魔石が入っていた。
「こ、これは?」
「お前の事は調べつくしている、初級魔術師なんだろ?だったそれを飲んで早く仲間の所にでも行け!!」
「シデさん……」
「ガキどもが調子に乗りおって……」
「もうすぐ仲間が駆けつける、そうすればお前らなど……うおっ!?」
『ギチギチギチッ……!!』
話し込んでいる間にも昆虫種の群れが街道に出現し、負傷した魔術師達の元へと襲い掛かる。どうやら昆虫種は魔術師達の事を味方とは認識していないらしく、問答無用で襲い掛かってきた。
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