第587話 誰が仕組んだか
「
闘拳を装着した状態でレナは火属性の魔石を掴み、無理やりに糸から引き剥がそうとした。だが、鋼鉄のように固まった糸は簡単には引き抜けず、それどころか逆に魔石に刺激を与えてしまっては誘爆を引き起こす可能性があった。
慌ててレナは手放すと、残念ながら糸を引き剥がす事は出来ず、どうすればいいのか悩む。色々と考えた末、レナは魔石に刺激を与えないように指先を伸ばし、糸の部分のみに触れる。
「よし、これならどうだ?」
糸に触れた状態でレナは付与魔法を発動させると、今回は魔石その物ではなく、魔石を取りつける糸その物に魔力を宿して操作を行う。やがて糸が震え出すと、徐々に下の方向に伸びていき、やがて完全に引き剥がされると魔石と共に落ちていく。
「やった!!」
魔石が落ちる前にレナは受け止めると、どうにか魔石を壊さずに回収できたことを安堵する。しかし、喜んでばかりはいられず、回収した黒蜘蛛の糸と魔石を見てすぐに他の人間に報告を行う必要があった。
どう考えても船が飛ぶのに必要な物とは思えず、恐らくは何者かが船にこの魔石を仕組んだとしか考えられない。爆発する危険性がある火属性の魔石を黒蜘蛛の糸で固定するなど普通の人間ならばあり得ない行動であり、レナは急いで他の人間に相談するために動く。
(他の皆に知らせないと……うわっ!?)
だが、走り出そうとした瞬間に右足に違和感を覚えたレナは振り返ると、いつの間にかブーツに黒色の糸が絡まっている事に気づき、背後を振り返るとそこには大きさが50センチほどは存在する大蜘蛛が存在した。
「キィイイイッ!!」
「何だ、こいつ……うわぁっ!?」
大蜘蛛は蜘蛛でありながら口元から糸を吐き出し、そのまま糸を引き寄せてレナを自分の元へと引っ張る。見た目からは想像できない程の力を誇り、レナは咄嗟に傍の窓に手を伸ばして窓枠を掴んで抵抗を行う。
糸の色合いと普通の大きさではない蜘蛛を見てレナはすぐに蜘蛛の正体が「黒蜘蛛」だと見抜き、どうしてこんな場所に魔物がいるのかと焦りながらも咄嗟に右足のブーツに付与魔法を発動させ、無理やりに引き千切る。
「舐めんなっ!!」
「キィッ!?」
時間がたいして経過しなければ黒蜘蛛の糸も強度は弱いらしく、付与魔法を宿したブーツで簡単に糸を引き千切る事が出来た。レナは即座に魔銃を引き抜き、弾丸を装填して黒蜘蛛に発砲を行う。
「喰らえっ!!」
「キィイイッ!!」
本能で危険を察知したのか、黒蜘蛛は弾丸が発射される前に天井に飛びついて逃走を開始する。それを確認したレナは銃口を構えるが、黒蜘蛛は見た目によらず素早く、すぐに通路の曲がり角に消えてしまった。
慌ててレナは追いかけた時には黒蜘蛛の姿は見えず、代わりに窓が開け放たれた状態だった。蜘蛛の癖にどうやって窓を開けたのかとレナは驚くが、どうやら外へと逃げられたらしく、追跡は難しい。
「何だったんだ今のは……くそっ!!」
「お、おい!!何の音だ!?」
「何事だ!?」
騒動を聞きつけたのか荷物を運搬していたと思われる兵士が駆けつけ、窓を開いているレナの姿を確認して驚く。その様子を見たレナはすぐに兵士たちに声をかける。
「マドウ大魔導士は何処にいますか!?」
「だ、大魔導士?大魔導士なら確か、カイン大将軍と共に一度報告のために王城へ戻ると言っていたが……」
「じゃあ、ゴロウ将軍かジオ将軍は!?」
「御二人なら外で話し合っているはずですが……あ、ちょっと!?」
兵士の話を聞いたレナはいてもたってもいられずに窓の外へと飛び出し、そのまま地面へと着地する。唐突に窓から落りてきたレナに荷物を運び出す兵士達は驚くが、レナは構わずにジオとゴロウの姿を探す。
2人はちょうど船の甲板に繋がる梯子の前で話し合っていたらしく、その様子を確認したレナは二人の元へと急ぐ。
「ジオ将軍、ゴロウ将軍!!」
「レナ?」
「レナ君?」
名前を呼ばれてゴロウとジオは驚いた表情を浮かべて振り返り、自分たちの元へ駆けつけるレナを見て何事か起きたのか向かおうとした。
しかし、3人が合流を果たす前に甲板の方から何者かが飛び降りると、着地の際に強烈な風圧が発生し、着地点の近くに存在した兵士が転倒する。
「うわっ!?」
「な、なんだ!?」
「おうおう、すまんなお前たち……それで、どうした坊主よ。何かあったのか?」
「サブ魔導士!?」
甲板から降りてきたのはサブである事にレナは驚き、どうやら彼は魔法の力で降下の勢いを殺して着地したようだが、この状況で彼とも会えた事は幸いだと判断したレナはサブ魔導士に魔石を見せようとした。だが、寸前で魔石を掴んでいる腕を止める。
この時にレナはサブ魔導士が地面に着地する際の風圧で彼が身に付けているマントが翻ったとき、背中に何か張り付いている事に気づく。一瞬だが、まるで昆虫の脚のような物が見えた事にレナは感じると、サブに対して警戒心を抱く。
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