第586話 サブと弟子たち
――フライングシャーク号の甲板にて自分の弟子たちと共にサブは地上の様子を伺い、大勢の兵士が荷物を船の中に運び込む様子を伺う。その様子をサブの弟子の中でも若手のブラン達は不思議そうに眺めていた。
「師匠、どうかしたんですか?なんか、ちょっと元気がなさそうに見えますけど……」
「ん?そうか……儂はいつも通りだぞ」
「う、嘘です……だって、いつもの師匠なら可愛い女の人を見かけたら一目散にお尻を触りに行くのに」
「ヘンリー……お前、自分の師匠を何だと思ってるのだ?」
ブランとヘンリーの言葉にサブは頭を掻き、彼は何かを悩むように視線を向け、やがて弟子たちに振り返る。
ブラン、シュリ、ツルギ、ヒリン、ヘンリーの5人を見てサブは間違いなく、この5人の弟子こそが自分が育て上げた弟子たちの中でも才覚に恵まれ、いずれは立派な魔導士に成長するだろうと確信を抱いていた。この場には存在しないが、シデに関しても彼等と同様に期待を浮かべている。しかし、これから起きる事を考えるとサブは彼等の何人が生き残るのかと不安を抱く。
(この儂が他の人間に情をかけるとはな……いかんな、やはり表の世界に染まりすぎたか)
サブはこれから起きる出来事を考えると、本音を言えば弟子たちに対して火竜の討伐戦に参加するなとは言えなかった。しかし、若手と言っても実力がある彼等を賛同させないわけには行かず、サブは出来る事ならば彼等に生き残って欲しいが、仮に生き残ったとしても彼等と会う事はなくなるだろう。
(これも宿命か……だが、仕方あるまい。あの御方の命令とあれば……)
徐々に日が暗くなっていく光景を確認しながら、サブは次の朝日を迎えるまでに弟子たちと永遠の別れをしなければならない事に寂しく思う。しかし、もう今更引き返す事は出来ない。
サブの与えられた役目はこの国で最も恐ろしい存在を消す事であり、数十年という月日を費やして彼はやっとここまで辿り着けた。そして本日の夜、その目的を果たさなければならなかった。
(さあ、始めなければなら……この国の終わりを見届けるまで、儂の命が持つといいが)
ゆっくりとサブは弟子たちに振り返ると、彼等の師として最後の指導を行う事にした――
――その一方で船内を歩いていたレナは道に迷い、船自体も大きくて構造も複雑のため、道案内役がいないとすぐに迷ってしまう。
「あれ、ここ何処だろう……上の階段を登れば甲板に辿り着くと思ったのに」
適当に通路を進んでいたレナは自分が道に迷った事に気づき、困り果てながらも通路を歩いていると、不意に視界の端に赤色に煌めく何かが映し出された。
不思議に思ったレナは顔を向けると、よくよく観察しないと分からなかったが、天井の部分に赤色の魔石のような物が取り付けられている事に気づく。疑問を抱いたレナは魔石を確認しようと両足のブーツに付与魔法を施す。
「
ブーツに魔力を宿してを浮上させる事でレナは魔石に手を伸ばして回収しようとしたとき、ここである事に気づく。魔石を天井に張り付けているのは「蜘蛛の糸」だと気づくが、その糸の色合いが黒色である事に気づく。
(なんだこれ……この糸、前に何処かで見たような気がする)
魔石を天井に張り付けてある黒色の意図を見てレナは以前にも見た事があると気づき、いったい何処で見たのかと思い出そうとすると、目を見開く。
糸の正体は少し前に「ゴブリンキング」の討伐を果たすために煉瓦の大迷宮に挑んだ際、ゴブリンキングによって拘束されていた冒険者の檻に使用されていた糸と同じだと気づく。魔獣の骨を使って作り出された「骨の檻」を構成していた黒色の糸であると見抜く。
(確か、あの糸は
ゴブリンに捕縛されていた3人の森人族の証言によると、彼女達を囲っていた魔獣の檻は黒蜘蛛と呼ばれる魔物が吐き出す糸によって固定されていた。この黒蜘蛛が吐き出す糸は粘着性は強いのだが、時間が経過すると糸が鋼鉄のように固くなり、その性質を利用して牙同士を繋げ合わせて檻を作り出したという。
大迷宮ではレナは黒蜘蛛とは遭遇していないが、この糸の方は間違いなく大迷宮で森人族を拘束していた檻に使われていた糸と同じ物である事に気づく。実際に糸によって張り付けられた魔石は引き剥がす事は出来ず、まるで鋼鉄の糸が天井に縫い付けられているようだった。
(どうしてこの糸がこんな場所に……それに火属性の魔石を張り付けるなんて普通じゃない!!)
火属性の魔石は下手に熱を与えると爆発を引き起こす危険性があり、もしもこんな船内で爆発を引き起こしたら大惨事に広がる。どうにかレナは魔石を回収するため、闘拳を装着すると無理やりに引き剥がす。
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