第581話 ワドルフの夢

火竜の討伐のため、重要な問題があるとすれば王都から火竜までの移動距離が最大の難関だった。火竜が現在住み着いている湖の周囲が山々に囲まれており、移動するだけでも徒歩では時間が掛かりすぎるし、馬などの乗り物を使うにしても時間が掛かりすぎてしまう。


竜騎士隊の飛竜、金色の隼が所有する天馬を利用して移動するという手段もあるが、その方法を利用しても送り込める人数は限られる。イチノに向かった時のように浮揚石を使用して馬車を浮かばせ、それを飛竜や天馬に運ばせるという手段もあるが、不要石は貴重品なのであまり数がない。




――そこで大魔導士の用意した手段は飛行船を使い、大人数を運び出すという手段だった。この世界には飛行船を作り出す技術は存在するが、実際に使用される機会は少ない。




『船で移動する?正気か?』

『飛行船……王都にまだそんな物が残っていたのですか?』

『飛行船で移動するにしても準備が……』




理由としては飛行船を作り出して移動手段を用いる場合、大きな問題として空を飛べる魔獣の類に襲われた場合、対処法が限られている事だった。生憎とこの世界には大砲や銃などは存在せず、せいぜい砲撃魔法を扱える魔術師が搭乗して襲い掛かる魔獣を撃退する方法しかなかった。


だが、大砲や銃器と違って魔術師が対応を行う場合、砲撃魔法を発動するには必然的に魔術師は不慣れな飛行船という環境での戦闘を強いられる。しかも高威力の砲撃魔法でも生み出せば飛行船の影響が生まれ、墜落した事故も実際にある。


マドウの提案には流石にカインもジオもゴロウも難色を示し、ただの移動手段に用いるだけならばともかく、空を飛ぶことが出来る火竜に目を付けられた場合は真っ先に攻撃をされる可能性も高かった。しかし、マドウが用意した飛行船はただの飛行船ではなかった。




工場区に住む鍛冶師の中でも最古参だが、現在は引退して隠居していた「ワドルフ」という名前の小髭族はマドウの親友だった。彼の夢は世界一の船を作り上げる事だった。しかし、それならばどうしてわざわざ海に面する街ではなく、大陸の中央に存在する王都で鍛冶師をやっていたのかというと、彼の作り出したい船は只の船ではなく、飛行船だという。


ワドルフは幼少期から自分の作り上げた飛行船に乗り込み、空を自由に飛び回る事を夢見ていた。しかし、その夢を実現するには飛行船という存在はあまりにもこの世界では脆弱な存在だった。



『マドウよ、俺は諦めないぞ。いつか必ず、俺の作り上げた船で空を飛ぶんだ!!その時はお前も副艦長にしてやるぜ!!』

『ふふっ……期待せずに待ってるよ』



まだ20代だった頃のマドウにワドルフは自分の夢を語り、そんな彼に対してマドウは子供の頃の夢を諦めずに追い続ける彼に好感を抱き、やがて親友となった。そして数十年後、ワドルフは遂に自分の飛行船を作り上げる。


その飛行船というのが驚くべき事に従来の飛行船とは形状が大きく異なり、まるで海に乗り出すために作り出された船にしか見えなかった。しかも帆まで作り出されているため、最初にそれを見たマドウは呆気に取られた。



『ワドルフよ、儂の目から見たらこれはただの船にしか見えんのだが……どうやって空に浮かぶんじゃ?』

『ふふっ……もう忘れたのか、この船が動くときにお前を副艦長にするといっただろう』

『あ、ああ……そういえばそんな事を言っていたような気がするが、それがどうした?』

『この船を動かす動力は……お前だ!!』

『儂が!?』



最初にワドルフにマドウが飛行船を見せつけられたときは度肝を抜き、あろうことか彼は飛行船の動力源をマドウに仕立て上げたという。



『この船は世界中の木材をかき集めて、限界まで軽量化している!!それでいながら船の強度と耐久性に関しても高い!!仮に砲撃魔法を撃ち込まれようとそう簡単には壊れはしないぞ!!』

『ま、待て待て!!いくら儂でもこれだけの規模の船を浮かばせるのは無理だぞ!?』

『その点は大丈夫だ!!この船には100個以上の風属性の魔石が搭載されている!!あとはお前の風属性の魔法の力で浮かばせるだけでいいんだ!!』

『いや、しかしだな……』

『いいから試してみやがれ!!お前なら出来る、俺の夢を叶えてくれ!!』

『……分かった。やってみよう』



ワドルフの申し出にマドウは断り切れず、長年の付き合いから彼がどれだけ自分の飛行船を作り上げる事に人生を捧げてきたのはよく知っていた。だからこそマドウは彼の願いを叶えるため、不安を抱えながらも飛行船に乗り込む。


流石に王都内で飛行船を飛ばせるのは危険だと判断され、どうにか街の外にまで運び出すと、マドウは言われた通りに風属性の魔法を発動させて船の帆を利用して飛び立たせようとした。ワドルフの計画では船に搭載された風属性の魔石を利用し、その力で特別製の帆に強烈な風の力を与えて空を飛ばそうとした。





――だが、結論から言えば飛行船は空を飛ぶどころか帆が破れてしまい、マストが全てへし折れてしまった。しかもその際にマドウは壊れたマストの下敷きになって危うく死にかけるという大惨事を引き起こしてしまう。

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