第580話 閑話 《七影の力関係》

――王城にて火竜の討伐の戦力が集結する間、盗賊ギルドの本部には七影が集まっていた。最も七影と言ってもリッパーとイゾウは死亡、ゴエモンは人質として女帝に捕まり、円卓にはジャックとリョフイだけしかいなかった。


二人は円卓を挟んで互いに向き合う形で座り、それがジャックにとっては気に入らなかった。かつて彼の向かい側の席に座っていたのはリッパーだった。彼とジャックは七影の長の両腕として重用され、二人の間に七影の長が座る椅子が用意されている。



「……リョフイ、首尾はどうだ?」

「ご安心ください、僕の方は滞りなく上手くやっていますよ。商会の運営も大分慣れてきました」

「そうか……」



リョフイはカーネの息子ではあるが、血は繋がっていない。だが、現在のカーネ商会は会長であるカーネと彼の娘が死亡した事で現在は養子だったリョフイが運営を行っている。年若いリョフイが仮にも王都一の規模を誇る商会を運営するなど出来るのかと思われたが、今の時点では特に何も問題は起きていない。


カーネ商会は盗賊ギルドの最大の支援者でもあり、盗賊ギルドとはコインの裏表のような関係だった。カーネ商会に敵対する存在がいたら盗賊ギルドが動き、排除を行う。そしてカーネ商会が莫大な利益を得れば盗賊ギルドに入る金も増え続け、大きな利を得る。


しかし、最近ではダリル商会がミスリル鉱石を独占したり、競売などの一件でカーネ商会の信用が落ちてしまい、一時期は商会の解散の危機にも追い込まれた。それを持ち直したのがリョフイであり、彼の商人としての才覚は養父カーネ以上だった。



(気に入らんな……このガキは危険だ)



だが、リョフイに対してジャックは警戒心を抱いていた。理由としては彼は有能だが、自分が優れている事を自覚し、他人を見下す事が非常に多い。別にそれだけならばジャックも人の事は言えないので問題はないのだが、ジャックは彼が何かを隠していると考えていた。


ジャックの勘ではリョフイが七影に入った理由はカーネ商会だけではなく、この盗賊ギルドさえも乗っ取るつもりではないかと考えていた。リョフイの目的はカーネ商会と盗賊ギルドを手中に抑めるために七影になったのではないかと疑う。




――このジャックの勘は決して間違ってはおらず、確かにリョフイは大きな目的があった。その目的のためには彼は手段を択ばず、わざわざ義理の父親と姉を殺してでもカーネ商会の実権を握る。




リョフイの真の目的は表社会と裏社会の頂点に立つ事であり、そのために彼は決して手段を選ばない。仮に自分の障害になるのであればどんな人間でも容赦はせず、仮にも親子や姉弟として関係を築いていた相手であろうと躊躇はしない。


彼の行動を見てきたジャックは決してリョフイが信用できる相手ではなく、この男を放置すれば必ずや盗賊ギルドに災いを呼び寄せると確信を抱く。しかし、今回の計画にはリョフイの存在が必要なのは確かであるため、下手に彼を殺す事は出来なかった。



「それよりもジャックさん、僕が貴方に与えた魔物の代わりはまだ用意出来ないんですか?あの虫どもを従えるのには苦労したんですよ」

「調子に乗るな……お前の方こそ、計画の準備は済ましたのか?」

「安心してください、全ては順調ですよ。何だったらもう一度ジャックさんに力を貸してあげましょうか?リッパーを殺したという例の少年の始末も僕が……」

「図に乗るな」



リッパーの名前を出した瞬間、リョフイの眼前に短剣の刃が付きつけられ、あと数センチで刃が眼球をくり抜くほどの距離にまでリッパーは迫っていた。ほんの一瞬、それこそまばたきを一度行うかどうかの間にリッパーは気配も音も立てずに接近し、短剣を付きつけていた。


流石のリョフイも眼前に刃を向けられれば冷や汗を流し、その気になればジャックはいつでもリョフイを殺す事が出来た。それをしないのは今回の計画の要がリョフイであるためであり、ジャックは警告を行う。



「喧嘩を売るにしても相手を選べ……次に奴の名前を出したら片目を抉り取る」

「……肝に銘じておきます」



ジャックの言葉が本気だと悟ったリョフイは承諾すると、短剣が降ろされてジャックは元の席に戻る。その様子を確認したリョフイは内心で安堵する一方、改めてジャックの力を思い知る。



(七影ジャック……この男だけは下手に手を出せないな)



盗賊ギルドの最強の暗殺者がリッパーだとすれば、最強の剣士はイゾウだろう。しかし、二人が亡き今は七影の中で最も高い戦闘力を持つのはジャックである。しかもジャックの場合はリッパーやイゾウとは違い、彼は人には見せていない別の能力を所有していた。


七影の中でも古参で七影の長からも信頼が厚く、下手にリョフイがジャックを殺そうとしても返り討ちに遭う。残念ながら現時点の七影内の力関係はジャックが勝るとリョフイは考えた。



(しかし……この計画を果たせば僕はまた、七影の長へ近づく)



リョフイは口元に笑みを浮かべ、七影の長が考案した計画が実行される日が訪れるのを待ちわびた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る