第579話 閑話《超えてみせる》
「プギィッ!!」
「おっと……それで隙を突いたつもり?」
「アガァッ!?」
母親の思い出に耽っていたミナに対してオークの1匹が背後から抱き着こうとしてきたが、死角からの攻撃に対してミナは槍を後ろに突き刺し、オークの口内から頭部を貫く。
槍を引き抜くのと同時にオークの身体が倒れ込み、その様子を見ていた他のオークは警戒したように身構えるが、徐々に囲いを縮めていく。そんなオークの集団に対してミナは槍を翻し、亡き母親が扱っていた戦技を思い返す。
(お母さんの槍には僕はまだ届いていない……いや、それどころか僕はまだ螺旋槍を完璧に使いこなしていない)
ミナの母親が繰り出した「螺旋槍」の素晴らしさを思い返し、自分はまだまだ母親には到達していないことを悟る。これまでに彼女はこの螺旋槍という戦技によって命が助かった場面は多いが、まだまだ母親の領域には至っていない。
魔獣の群れを相手に一晩中戦い続けた母親の姿を思い返しながらもミナは槍を構えると、一息吐きだして意識を集中させる。そして前方に存在する3体のオークに目掛けて槍を放つ。
「乱れ突き!!」
「プギィッ!?」
「プギャッ!?」
「プギィイイッ……!!」
2体のオークの頭と心臓を突き刺す事には成功したが、最後のオークは咄嗟に腕を犠牲にしてミナの突きを防ぐ。その様子を確認したミナは槍を引き抜くと、腕を負傷したオークの膝に柄を叩き込む。
「このっ!!」
「ギャアッ!?」
膝を強打されたオークが耐え切れずに足を崩した瞬間、ミナは体勢を屈めたオークの頭部を足場にして跳躍を行い、オークの集団の包囲を抜け出す。シノやコネコほどではないが、身軽さならば彼女もそれなりの自信はあるのでオーク程度には捕まらない。
包囲網を抜け出す際にミナは槍を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で更に距離を開く。最も槍はしっかりと手放さず、あくまでも逃げずに迎え撃つために構える。
『プギィッ……!?』
「ふうっ……やっぱり、まだ精細さが欠けてるな」
亡き母親や、父親でありカインならば先ほどの攻撃で3体のオークの急所を確実に貫き、絶命に追い込んでいただろう。ミナが二人に及ばない技術はいくつかあるが、その内の一つが槍捌きである。
無我夢中に攻撃を繰り出すだけでは一流の武人とは言えず、より効率的に敵の急所を見極め、正確に攻撃を繰り出す。そのためにはミナはオーク程度に手こずるわけにはいかず、彼女は「螺旋槍」を頼らずに自分の力のみでオークに挑む。
(今はまだお母さんには届かないけど……でも、必ず超えてみせる!!)
ミナの脳裏に先日裏街区にて女帝に捕まったときの出来事をが思い浮かび、あの時のミナは女帝の影魔法に捕まって何も出来なかった。もしもイルミナとドリス達が助けに来てくれなければ死んでいたかもしれない。
今までミナはどんな状況に陥ろうと仲間と一緒ならば乗り越えられると考えていた。しかし、その考え方は彼女は仲間という存在に依存しているだけにしか過ぎず、どんな危機に陥ろうと仲間が助けてくれるという甘い考えを抱いていた。
(あの時、もしもイルミナさんが来てくれなければ……僕達は殺されていたかもしれない)
ドリス達が救援に駆けつけてくれたのも事実だが、女帝のマガネが操る影魔法は聖属性の魔法でしか対抗できず、仮にあの場でイルミナが存在しなければ助けに来たドリス達も含めて殺されていた可能性もある。
マガネはミノタウロスやゴブリンキングのように単純に大きくて力が強いわけではなく、魔術師として厄介な能力を持っていた。もしも、また同じ状況に陥ったとき、今度は助かる保証などない。ミナはあの時の「敗北」を忘れられず、だからこそ彼女は次に同じ状況に陥ったときに自力で打破する力が欲しかった。
仲間だけに頼る存在ではなく、仲間から頼られる存在になりたいと願った彼女は槍を構えると、オークの集団へ向けて全力で挑む。
(超えるんだ!!お母さんを……そしてお父さんを!!)
ミナは今は仲違いしている父親の事を思い出し、彼に対して悪い事はしたとは思っていた。だが、それとこれとは話は別であり、一人の武人としてこの国の大将軍を務める父親を超えたいという気持ちを抱く。
「螺旋槍――!!」
放たれた槍は螺旋期の軌道を描き、オークの肉体を貫く。怖気ずにたった一人で魔物の集団に立ち向かうミナの姿は、きっと彼女の母親を知っている人間が見れば生き写しのように見えただろう――
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