第578話 閑話《ミナの母親との思い出》

――デブリとコネコがロックゴーレムの討伐を行う頃、一人だけ離れたミナはオークの大群に取り囲まれていた。既に彼女の傍には倒れているオークが数体存在し、既に戦闘は開始されていた。



『プギィイイイッ!!』

「大車輪!!」



四方から近づいてくるオークの群れに対してミナは手元で槍を回転させながら振り回すと、近づいてきたオークを殴り飛ばす。攻撃を受けたオークは怯み、彼女に近付く事は出来ない。


迫りくるオークを次々と薙ぎ払いながらもミナは四方に視線を向け、常に気を張り巡らせながら多数の敵を相手に一人で対応を行う。だが、大迷宮に生息するオークたちは折角発見した獲物を逃すつもりはなく、決して逃がしはしないとばかりに取り囲む。



(参ったな……ちょっと散策するつもりだったのに、こんなにオークがいるなんて思わなかった)



ミナがコネコとデブリの元を離れたのは彼女もロックゴーレムを探すためだったのだが、二人と離れた途端に現れたオークの集団によって彼女は徐々に追い詰められる。いくら倒してもオークの大群は彼女を諦める様子はなく、最後の1匹になるまで戦うつもりのようだった。


これが大迷宮ではなく、外部のオークの集団ならば最初に数匹が倒された時点で敵を警戒し、逃げ出していただろう。オークはゴブリンよりも知能は低いが、群れを成して敵を襲い、状況が不利と判断すれば脇目もふらずに逃げ出す程度の知性はある。


しかし、大迷宮に生息する魔物はどんな種類であろうと外部から訪れた人間に対して強い敵意を抱き、決して逃げるような真似はしない。例外があるとすればトロールのような人間に比較的に有効な魔物も存在するが、生憎とこの荒野の大迷宮のオークは人間に友好的な個体はいない。



(流石にこの数はきついな……でも、ここで二人が助けに来るのを待ってはいられない)



額に汗を流しながらもミナはオークの集団に槍を構え、ある事を思い出す。幼少期の頃、まだミナの母親が健在だったときに彼女は母親に連れられて魔物が救う森の中に入った事があった。


幼い子供を連れて魔物が住み着くような危険な森の中に連れて行くなど、普通の人間ならばあり得ない発想である。しかし、ミナの母親は敢えて危険を承知で彼女を連れ出し、森の中で一晩を過ごす。


小さかったミナは夜の森の恐ろしさに身体の震えが止まらず、母親に何度も帰ろうとせがんだが、普段は優しい母もこの時ばかりはミナの願いを聞き遂げなかった。



『お、お母さん……怖いよ……!?』

『ミナ、怖くてもしっかりと見ていなさい……これが我が家に伝わる戦技よ』

『グルルルッ……!!』



ミナの母親は幼い彼女を連れて森の中で魔獣の群れに囲まれた時、母親はミナを傍に置いて決して離れずに自分だけを見ているように指示する。そして魔獣が襲い掛かってきたとき、彼女は槍を手元で高速回転させ、次々と近づいてくる魔獣を屠る。



『螺旋槍!!』

『ガアアアッ!?』

『きゃああっ!?』



魔獣の群れを相手にミナの母親は一晩中戦い続け、全身が返り血で血まみれになりながらも彼女はミナを守り通した。ミナは母親に言われるがままに一晩も彼女と魔獣の戦いぶりを見せつけられた。


朝日が昇る頃には100を超える魔獣の死体が地面に並び、ミナの母親は息を荒げながらも子供のミナを抱きしめ、無事に娘を守り通す。子供のミナはどうしてこんな無茶な真似をするのか理解できず、泣きじゃくる事しか出来なかった。



『ううっ……お母さんの、馬鹿っ……死んじゃうかと思った!!』

『ごめんなさい……でも、これは必要な事なのよ。いずれ貴女も理解する日が来るわ』

『お母さん……うわぁあああんっ!!』



この時のミナは母親が何を言っているのか全く理解できず、結局はこの日の出来事がトラウマとなってしまう。しばらくの間は誰かと一緒に寝なければこの日の出来事を思い出して眠る事も出来ず、夢を見るのが怖くて碌に眠る事も出来ない日々を送る。


しかし、ミナの母親が他界した後にミナは母親が小さいころに自分を連れ出して戦いぶりを見せつけた本当の理由を知る。確かにトラウマになるほどに恐ろしい出来事であったのは確かだが、何度も夢に見るぐらいにミナは母親の戦いぶりを見せつけられ、彼女がどのように槍を扱っていたのかを事細かに覚えていた。


父親のカインは母親の死後はミナに槍を教える事をなく、武人ではなく普通の女の子として生きて欲しいと願ったが、ミナはそれに反対して母親のように槍の練習を行う。誰からの指導を受ける事はなかったが、彼女には母親が100体以上の魔獣を相手に戦い続けた思い出があった。




――魔獣を相手に見事な槍捌きで自分を守り切った母親の姿を幾度も思い返し、母親がどのように槍を扱っていたのか、どのような立ち振る舞いをしていたのか、たった一晩の出来事だったが、ミナの母親は彼女の脳裏に一生残るほどの記憶を刻み込む。




そのお陰で現在のミナは誰からも指導を受けずに母親の戦いぶりを参考に技術を身に付け、彼女の家系にしか伝わっていない「螺旋槍」という戦技を身に付ける事が出来た。




※ちなみに父親カインはミナの母親から「螺旋槍」の技術を教えてもらっています。

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