第576話 閑話《シノの修行、ナオの拳技》

――シノが裏街区から救出されてからしばらく経過した頃、彼女は王都の近くに存在る山に訪れ、山籠もりをしていた。彼女は今回の自分の失態で多くの人間に迷惑をかけた事を反省し、同時に氷華と炎華を完全に扱いこなすために修行に励む。



「ふうっ……」



滝の中でシノは座禅を行い、精神統一を行う。今頃、他の仲間達はレナのために依頼に励んでいる頃だと思うと自分はこんな事をしている場合かと考えてしまう。だが、雑念を振り払うように首を振る。


やがて滝行を終えるとシノはずぶ濡れの状態で自分の荷物の中から氷華を取り出し、刃を抜き放つ。それだけで身が凍える程の冷気が迸るが、シノはそれに耐えて刃を振り抜く。



「はあっ!!」



短刀として打ち直された氷華をシノは振り抜き、自分を追い詰めたジャックの事を思い返し、彼女は珍しく表情を歪める。相手が七影の一人で他の邪魔を受けたといっても、彼女は敗北したという事実は変わりない。


濡れた身体で氷華を使い続けたせいで衣服が凍り付き始めた事に気づいたシノはすぐに氷華を鞘にしまい、滝行へと戻る。凍り付いた衣服を水に浴びせる事で溶かし、再び氷華を抜いては仮想の敵を相手に刃を振り抜く。


やがて彼女が数十回の滝行を繰り返した頃、皮膚は青白く変色し、何時間も水を浴び続けたせいで体温が極端に低下してしまう。忍者である彼女は特殊な訓練によって身体を鍛えているが、それでも徐々に限界は近い。



「もう、少し……」



繰り返して滝行と剣技の練習を行うシノの姿は傍から見れば何をしているのか理解できないだろう。場合によっては自殺志願者に勘違いされるかもしれないが、シノは自分を追い詰めなければ氷華は使いこなせないと考えていた。


シノの肉体が限界に追い詰められている事は事実だが、同時に彼女は氷華の力の調整を感覚で覚え始め、徐々にではあるが氷華を抜いて剣技の練習を行う時間が長くなっていく。最初の頃は氷華を抜いただけで身体が凍り付いてしまったが、現在では10分近くも剣技の練習を行えるようになる。


繰り返す度にシノは氷華を握る時間が増えていき、やがて滝行よりも練習に励む時間の方が長くなっていく。休憩は殆ど取らず、やがて青白かった肉体も徐々に生気を取り戻し、身体を動かす事で熱を取り戻す。



「ふっ!!」



修行を開始してから三日目、遂にシノは氷華の力を制御できるようになり、滝行によって濡れた衣服が乾くまで氷華を振り続けても、衣服が凍り付く事がなくなった。



「……これで最後」



氷華の冷気を操る事に成功したと悟ったシノは人間と同程度の大きさの樹木の前に立つと、彼女は氷華を構えて振り抜く。普通ならば氷華で斬られた箇所は凍り付くはずなのだが、刃が樹皮を切り裂いても凍り付く事はなく、完全に氷華から放たれる冷気は抑えられていた。


その様子を確認したシノは遂に氷華を操る事に成功した事を悟り、一気に身体の疲れが襲い掛かってきてその場に倒れ込む。相当な時間を消費したが、どうにか氷華を扱いこなす領域にまで辿り着けた事に微笑む。



「次は……炎華」



しかし、彼女は喜びに浸る暇もなく、今度は炎華に視線を向ける。氷華の冷気を操る事に成功はしたが、次の炎華は氷華をよりも更に過酷な訓練になる事を想像し、もうしばらくの間は彼女は王都へ戻る事は出来ない事を予感した――






――同時刻、王都から少し離れた場所に存在する森の中にてナオは一人で赴いていた。彼女の前には血まみれになった赤毛熊が存在し、その傍には殺されたばかりと思われるボアの死体が存在した。


ナオは森に訪れた理由は金色の隼に届けられた依頼を達成するためであり、その内容は赤毛熊の討伐だった。依頼人は王都の商人で近日中に赤毛熊の素材が必要らしく、赤毛熊の目撃されたという盛に彼女は一人で赴き、遂に食事中の赤毛熊を発見した



「ふうっ……」

「ガアアアアッ!!」



赤毛熊は食事を中断された事に怒りを抱き、威嚇するように両腕を広げる。それに対してナオは落ち着いた表情で拳を構え、赤毛熊と向き直る。



(気を一点に集中……一撃で仕留める)



赤毛熊の体格はナオを上回り、ボアを一撃で屠る膂力を誇る。単純な力ならばナオは赤毛熊には及ばないだろうが、それでも彼女は構わずに前に飛び出す。



「はあああっ!!」

「ッ――!?」



咆哮と共にナオは右腕を突き出した瞬間、赤毛熊は目を見開き、反撃も防御も行う暇もなく彼女の攻撃を受けた。その結果、赤毛熊は血反吐を吐き、ナオの右腕によって肉体を貫通された。


何が起きたのか理解できない状態のまま赤毛熊は心臓を貫かれ、絶命してしまう。その様子を確認したナオは腕を引き抜くと、血まみれになりながらも自分が新たに覚えた戦技が成功した事を悟る。



「くっ……まだまだ精度が荒い、か」



ナオは血まみれになりながらも自分の右腕に視線を向け、攻撃を行う際に何本かの爪がはがれている事に気づき、苦笑いを浮かべた――

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