第574話 ワドルフ

「奴の事は気にしなくていい、先日お前を襲った飛竜は本来は奴が飼育を任せていたのだが、管理を疎かにした事で別の人間に任せている。そのせいで奴はお前の事が気に入らないんだろう」

「えっ……そうなんですか?」

「元々、あの飛竜は奴が育て上げて自分の飛竜にするつもりだった。だから秘密裡に処理しようとしたのだろう」

「なるほど……」



レナは尋問の時のことを思い出し、あの時はアルトが助けてくれなければ全ての罪を被せられるところだったのかと思うと冷や汗を流す。最もあの場面で捕まっていたとしてもマドウが戻ればすぐに助け出してくれただろうが、それで先ほどの竜騎士が自分に突っかかってきた理由を知る。


しかし、レナからすれば騎士に恨まれる筋合いなどなく、そもそも先ほどの騎士が飛竜を逃がすような真似をしなければこんな自体には陥らなかった。だからこそ去っていく騎士の姿をレナは不満げに見つめていると、カインが頭を掻きながらも彼を養護した。



「竜騎士にとって飛竜とはただの乗り物ではなく、命を預ける大切な相棒だ。奴の性格に問題があるのは事実だが、それでも飛竜に対する愛情は確かだ。とはいえ、正直に言えば俺も奴の事は信頼していただけに今回の失敗が信じられん……そもそも飛竜が城外に逃げ出すなど今までになかった」

「そうなんですか?」

「ああ、少なくとも飛竜の監視に関しては厳重に行っている。それにも関わらず奴が飼育していた飛竜は脱走してしまった……今でも俺はその事が気になっている」

「…………」



レナを襲撃した飛竜は明らかに盗賊ギルドに所属する「魔物使い」が関わっていると思われるが、その情報を知っているのはマドウだけである。飛竜が脱走した件に関してはカインも疑問を抱いているが、仮に盗賊ギルドが関わっているとなると彼も立場上は決して無視はできない。


ヒトノ国を守る大将軍が管理する部隊の飛竜が脱走、そんな事が判明すればカインの気性から何としても犯人を見つけ出そうとするとレナはマドウから話を伺っていた。



『よいか、この件に関しては儂の方から時期を見て大将軍に話す。だから迂闊に魔物使いの情報に関しては話してはならんぞ』




マドウと再会した時にレナは魔物使いの件を無暗に他の人間に話さないように注意され、マドウがそういうのであればレナも従うしかない。火竜との決戦に備え、今は盗賊ギルドに戦力を割くわけにはいかない。


しかし、火竜との決戦となると不安要素があるのは王都の警備が弱まる事であり、竜騎士隊や多くの魔術師が王都から一時的にとはいえ立ち去る場合、盗賊ギルドが何かを仕出かす可能性もあった。



(火竜と戦う間に何も起きないといいけど……)



火竜が生息する地域に軍隊が移動するまで少なくとも数日は掛かり、飛竜を使えば時間は短縮できるだろうが、それでも移動する人数は限られてしまう。だが、この件に関してはマドウの方も考えがあるらしく、安心するように言い聞かせる。




火竜との決戦の日までレナは竜騎士隊と共に訓練に励み、飛竜の乗り方と新たに手に入れた魔鉄槍を使いこなすためにカインの指導を受けるしかなかった――





――その頃、王都の工場区にマドウは訪れ、彼は工場区に働く小髭族の中でも一番の年長者にして数十年来の付き合いがある「ワドルフ」の元に訪れていた。ワドルフはもう鍛冶師は引退し、現在は足が不自由なので車椅子で生活を送っている老人である。



「ワドルフよ、久しぶりじゃのう」

「ふん、何が久しぶりじゃ……お前は仕事以外では顔も見せんのか」

「すまんすまん、最近は特に忙しくてな。ほれ、お前の好きな酒を持ってきたから機嫌を直せ」

「いらんわい、医者の奴から長生きしたかったら酒を止めて茶を飲めと言われてな。今では一番小さい曾孫の茶が儂の生きがいじゃ」

「ほう、酒豪だったお主が酒を止めるとは……これは明日にでも隕石が落ちるかもしれんな」

「はっ、それだったら一か月ぐらい前に落ち取るわ!!」

「割と最近に酒を止めていたのか……しかし、困ったのう。これは持って帰るか」



ワドルフは自分の元に訪れたマドウに笑い声をあげ、そんな彼にマドウは折角持ってきた酒が無駄になってしまったかと思ったが、ワドルフはグラスを差し出す。



「だが、友が持ってきた酒となれば受け取らんわけにはいかんな。ほれ、お前も飲むんだろう?」

「なんじゃ、禁酒はもう終わりか」

「今日だけだ。明日からは茶飲み生活に戻るわい……それで、今回の仕事は?」

「うむ、あの船はまだ残っているか?」

「……当然じゃ、何せこの儂が生涯を費やして作り出した船だ。絶対に手放すものか」

「お主ならそういうと思っておったぞ」



グラスに酒を注ぎながらマドウはワドルフに火竜との決戦に必要不可欠な「船」の事を問うと、ワドルフはグラスを受け取って一気に飲み干す。



「出発は?」

「明後日の早朝……準備は整えるか?」

「ふっ……儂を誰だと思っておる?」

「頼りにしてるぞ」



互いのグラスを交わしながらマドウとワドルフは酒を飲み込むと、その日の番は二人きりで思い出話を語り合った――

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