第564話 国王の気がかり

「国王様、マドウです。入ってもよろしいでしょうか?」

『おお、マドウか……構わん、中に入れ』

「……失礼します」



部屋の中から聞こえてきた弱々しい声にマドウは更に国王の容態が悪化した事に気づき、心苦しく思いながらも彼は扉を開く。すると部屋の中には本来ならばベッドで横にならなければいけないはずの国王が窓の前に立ち、マドウへと振り返る。



「よく来てくれた、マドウよ……」

「国王様!?いけません、無理をなされては……!!」

「何、ずっと寝たきりでいる方が儂にとっては辛い事よ……ごほっ、ごほっ!!」



マドウが現れた事で少し気が緩んでしまったのか国王は咳をしてしまし、その口元に血が滲む。急いでマドウが駆けつけて彼の肩を支えると、ベッドまで運び込む。


国王はマドウにベッドに横たわらせてもらうと、自分の両腕に視線を向け、もはや枯れ枝のように細く萎びれてしまった腕を見て悲しそうな表情を浮かべる。若いころは前線で活躍する将軍にも負けず劣らずの筋肉質な肉体を誇った彼だが、もう今では見る影もない。



「ぐうっ……マドウよ、もう余は長くない。お主も気づいているだろう」

「国王様、あまり弱気な事は口にしては……」

「いや、自分の身体の事は自分で分かる……残念だが、薬剤師の告げた余命よりも早く死ぬだろう」

「国王様……!!」



国王の言葉にマドウは否定する事は出来ず、そんな彼に対して国王は口元に笑みを浮かべ、報告の内容を尋ねる。



「マドウよ、火竜の様子はどうであった……?」

「今のところ、動きはありません。既に近隣の住民の避難は初めていますが……火竜が動き出す様子がありません」

「なるほど、それでお主は戻ってきたという事か……」



火竜は不気味な事に湖の中心に存在する島に引きこもったまま動く様子はなく、本当に火竜が存在するのかと疑う程に姿を現す事はない。だが、火竜がその場所に存在する事は間違いなく、湖の周辺地域に生息するはずの魔物や動物が一切姿を見せなくなった。


既に湖の近くに存在する住民の避難は開始されているが、仮に火竜との戦闘となると場所的には戦いにくい環境だった。火竜との戦闘で頼りとなるのはやはり魔術師であるため、魔術師が砲撃魔法で火竜を仕留めるとなるとある程度の距離まで近づかなければならない。


しかし、火竜が身を潜めた場所は周囲が湖に覆われた小さな島である事が災いし、魔術師が火竜に攻撃を仕掛けるとしたら湖を渡らなければならない。しかも島の周囲は断崖絶壁のために上陸も難しく、火竜が現れた時は船の上で戦わなければならない。



「火竜の討伐を試みるにしても、湖の島から別の場所に引き寄せる必要があります。仮に船を用意するにしても時間が掛かり、そもそも陸地しか存在しない我々の国では造船技術が乏しく、大きな船も作り出す事が出来ません。ましてや船を運び込む手段もない以上、やはり火竜を島から別の場所に誘導しなければ戦う事も難しいでしょう」

「そうか……お主でも何とかできないのか?」

「……私が数十年の時を費やして会得した最上級魔法ならば火竜の隠れ住む島を吹き飛ばす事は出来るでしょう。しかし、その魔法を使うと私は1日は意識を奪われます。最上級魔法が使う時が来るとすれば火竜に止めを刺すときだけだと考えています」

「最上級魔法か……お主、あの魔法は寿命を縮めるから二度と使用はしないと言っていたではないか」

「火竜の命と引き換えならば私の寿命など大きな問題ではありません」

「ならぬ、ならぬぞマドウよ……お主が死ねば、誰がアルトを守るのだ……!!」



マドウの言葉に国王は反対を示し、口元に血を流しながらもマドウに縋りつく。そんな国王にマドウは驚き、彼を落ち着かせようとするが国王は頼み込む。



「どうか、生き抜いてくれマドウよ……余の死後、アルトを守れるのはお前だけだ……」

「国王様……」

「本来ならば王位の継承を受け継げる年齢まで行きたいが、もう余には時間はない……仮に余が死ねばきっと奴が姿を現すだろう。そして既にこの城内にも奴に取り込まれた人間もおるはず」

「奴……まさか、オルガノの事ですか?」

「その通りじゃ……奴が王位に継ぐ事だけは何としても阻止しなければならん。何としても……うぐ、げほっ!!」

「国王様!!」



国王は血反吐を吐くと意識を失ったのか、動かなくなってしまう。その様子を見てマドウは慌てて薬剤師を呼びつけた――





――結果から言えば国王は興奮しすぎたせいで身体が悪化したらしく、もう数日は目を覚まさないだろうと薬剤師は診断した。その報告を受けてマドウはしばらくの間は国王の代理として取り仕切る事になったが、火竜の討伐の件以外にもアルト王子の王位継承の問題に悩まされる事になった。

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