第542話 奴隷街

「やれやれ、本当に何も知らずにこんな場所に迷い込んだようじゃな……この場所はな、女帝と呼ばれる組織が支配する区域じゃ」

「女帝?組織?それに区域って……」

「裏街区といっても、この区画は一つにまとめられているわけではない。組織の派閥ごとによって分かれておるのじゃ」

「組織?どういう意味ですか?」



老人の言葉にレナ達は不思議に思い、てっきり裏街区を支配しているのは盗賊ギルドだけだと思っていたが、実際の所は盗賊ギルド以外の組織も存在するらしい。この場所は女帝と呼ばれる組織が支配する場所だという。



「ここは奴隷街と呼ばれているのは女帝と呼ばれる組織が支配する縄張りでのう、この周辺に暮らす住民は女帝に従う事で生き延びておる。女帝が支配しているこの奴隷街には盗賊ギルドの連中さえも立ち寄る事は許されん」

「えっ!?あの盗賊ギルドが!?」

「うむ、この裏街区は大きく分けて2つの組織が存在する。まず、最も知名度が高く、支配している領域が多いのは盗賊ギルドである事は間違いない。だが、その盗賊ギルドを相手に互角に渡り合えるのが女帝と呼ばれる組織じゃ」

「そんな組織があるなんて……全然知らなかった」

「その発言だけでお前さんたちが外の世界からやってきたことが分かるぞ。この裏街区で女帝の名前を知らぬ存在がいるはずがない。彼女達は非常に恐ろしく、同時に慈悲深い存在でもある……少し喋りすぎたのう、一服しても構わんか?」



老人は路地裏に置かれていた木箱に座り込み、身体を震わせながらも懐に手を伸ばすと、パイプを取り出す。彼は火をつけようとしたが、上手くいかずに火打石を落としてしまう。それを見たレナは火打石を拾い上げ、パイプに火を灯す。



「どうぞ」

「おお、すまんな若いの……ふうっ」

「爺ちゃん、その女帝というの教えてくれよ。あの盗賊ギルドと渡り合うような奴等がいるなんて驚いたぞ」

「これこれ、奴等などと失礼なことを言うな……言っておくが、彼女達は本当に恐ろしい存在だぞ。お主のような子供でも容赦はしないぞ」

「でも、どうして外の世界では女帝の存在は知られていないんですか?」

「まあ、色々と理由はあると思うが……彼女達の種族が関係しておる」

「種族?」

「……これ以上は儂も命が惜しい、悪いが話はここまでじゃ」



女帝に関して詳しい話を尋ねる前に老人は起き上がると、片足を引きずりながら路地裏へと戻っていく。その様子をレナ達は見送る事しか出来ず、残念ながらこれ以上の情報を得られそうになかった。


裏街区はてっきり盗賊ギルドの巣窟だと思い込んでいたレナ達だが、実の所は女帝と呼ばれる別の組織も存在する事が判明し、ここは「奴隷街」と呼ばれる区域だと判明する。女帝に関してはもう少し調べておきたいところだが、レナ達の目的はあくまでもシノの救出のため、先へ向かう事にする。



「あの……色々と教えてくれありがとうございました」

「気にせんでいいよ、儂も久しぶりにまともな人間と話せて楽しかったよ。だが、あまり長居せずに帰れるうちに帰った方がいいぞ」

「……肝に銘じておきます」

「色々と教えてくれてありがとな、爺ちゃん」

「あの……ありがとうございました」

「ウォンッ」



レナ達は老人に礼を告げるとクロの案内の元で立ち去ろうとしたが、ここでコネコは不思議そうに老人が引っ込んだ路地裏へと視線を向ける。その様子を見てレナは彼女が何か気になるのかを尋ねた。



「どうしたのコネコ?あのお爺さんが気になるの?」

「……あの爺ちゃん、多分だけどもう長くないぞ」

「えっ!?」

「思い出したんだよ、あたしは死にかけている人間の気配を感じる事が出来ないんだよ。昔、孤児院で暮らしていた時に世話になった婆ちゃんがいたんだけど、婆ちゃんの部屋に入ろうとしたときに気配を感じなかったんだ。だから、部屋の中にいないのかなと思ったんだけど、開けてみたら婆ちゃんはベッドの上で眠ってたんだ。だからあたしは起こそうとしたとき、身体が冷たい事に気づいて……あたしは生まれて初めて人が死んでいるところを見たんだよ」

「そんな……じゃあ、あのお爺さんも?」

「多分、もう死にかけてる……だからあたしも気づく事が出来なかった」

「…………」



レナ達は老人に振り返り、コネコの言葉が真実ならば彼の命はもう長くはない。色々と情報を教えてくれた相手なのでレナ達は同情してしまうが、今の彼等に老人を救う手立てはない。


路地裏に消えてしまった老人に対してレナ達は何も出来る事はなく、仕方なく先に進むしかなかった。話し込んでしまったので時間が過ぎてしまい、シノの元へ急いで向かう必要があった。それでも最後にレナ達は老人の方へ頭を下げると、急ぎ足でシノが書き残した教会へと向かう。

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