第541話 裏街区の住人

「ウォンッ」

「こっちか……でも、本当に静かだな。皆、寝てんのか?」

「うん、ここの人たち何か元気がなさそうだね」

「元気がないというより、覇気がないような気がする」



クロの案内されるままにレナ達は歩いていると、街道には何十人もの浮浪者を見かけるが、誰もが疲れ切った表情を浮かべていた。レナ達を見ても特に反応も見せず、狼が歩いているというのに驚きも怯えもしない。


最初の内はあまり気にしないようにしていたレナ達だが、見かける人間全員が気力を失ったかのように俯いている姿を見て心配してしまう。しかし、今は彼等に構っている暇はなく、クロの案内の元で先を急ぐ。



「兄ちゃん、こいつ何処に向かってるのかな?」

「えっと……地図によると、多分だけど目印のある方向に向かっていると思う」

「となると、やっぱりシノちゃんはここにいるのかな?」



シノがクロに託した地図を確認すると、レナ達は彼女の似顔絵が記された協会の方角へと向かっていた。こんな場所にどうして教会があるのかと不思議に思うが、そもそもこの区画は盗賊ギルドが誕生するまでは普通の街だったので教会もその頃に建てられたのかもしれない。


街並みのほうもよくよく確認すると古ぼけた建物が多く、というよりも殆どの建物が崩れ、廃墟と化していた。この区画だけがまるで他の区画と時代が切り離されたような感覚を感じ取り、レナ達は不気味さを感じた。



「何かここ、雰囲気が変だね……」

「うん、外の世界とはまるべ別世界というか……」

「そうか?あたしが育った場所もここと似たようなもんだけど……お、どうしたワンコ?」

「グルルルッ……!!」



先を歩いていたクロだが、唐突に立ち止まると路地裏の方に顔を向けてうなり声をあげ、それを見たコネコは訝しむ。彼女の気配感知には何も感じ取れないが、ここでレナは魔力感知を発動させ、路地裏の様子を伺う。



(……何だ?この魔力、誰かがいるのか?)



路地裏の方に魔力を感じ取ったレナは闘拳と籠手を装着すると、異変に気付いたミナも手槍を構え、コネコも意識を研ぎ澄ませるように路地裏を睨みつける。すると、路地裏から現れたのは全身をフードで覆い隠した老人だった。



「ほう、これはこれは……珍しいな、こんな場所にこんな子供がいるとは……何処から迷い込んできた?」

「うわっ!?な、何だ爺さん!?どこから現れた?」

「ん?儂はずっとここにおったぞ?」



レナ達の眼には路地裏の暗闇から唐突に老人が現れたようにしか見えず、コネコは全く気配を感じさせずに現れた老人に戸惑う。老人は顔まで隠しているので詳しい容貌は分からないが、声音とフードの間から出ている腕はしわまみれで枯れ木のようにやせ細っていた。


唐突に路地裏から現れた老人に対してレナ達は警戒すると、老人はそんな彼等を見て笑い声をあげ、これまでにレナ達が見かけた者たちと比べると老人は会話ができそうな相手だった。レナは警戒心を抱きながらも老人に話しかける。



「お爺さん、貴方はここで何をしてるんですか?」

「ふむ、その質問に答える義務は儂にあるのか?」

「ないですね、でも教えてくれるならお金を払いますよ。銅貨5枚ぐらいしかありませんけど」

「ほう、金か……だが、残念だったな。そんな物、この裏街区では価値はない」



財布を取り出そうとしたレナに対して老人は手を伸ばして静止すると、彼は自分の懐に手を伸ばし、三角形の形をした銀色の硬貨を取り出す。初めて見る硬貨にレナ達は戸惑うが、老人は硬貨を見せつけながら語る。



「これがこの裏街区で流通されている硬貨じゃよ、この場所では外の通貨は使えん。まあ、外に出入りできる人間には別の話だがな」

「通貨……?でも、そんなの見たことがないぞ?」

「当然じゃな、これを発行しているのはこの区画だけ……外の世界に持ち込んでも何の価値もない。だが、この通貨で儂等の生活は成り立っておる」



通貨を手にした老人はその場に座り込み、レナ達と向き合う。老人の言動に怪しさを感じながらもこの裏街区の情報を得られる可能性があるため、もう少しだけ彼に話しかけた。



「爺ちゃんはここで暮らしてるのか?」

「ああ、この路地裏が儂の住処じゃ。まあ、流石に雨が降るときは建物の中に入るがのう」

「え?本当にここで住んでいるんですか?こんな何もない場所で……」

「ここは裏街区の中でも労力がなく、身体が不自由な人間しかおらん。儂もほれ、この足ではどうしようもないからな。こんな場所にしか住めんのじゃよ」

「うわっ!?な、何だよそれ……!?」



老人はフードから右足を見せると、脛の先が木造性の義足らしく、しかもちゃんとした治療を受けていないのか右足の皮膚が腐っている箇所も存在した。老人曰く、足を失ってからこの場所に辿り着いたらしく、彼はため息を吐きながら語り始める。



「ここは裏街区の中で最も安全地帯であると同時に恐ろしい場所じゃ。お主等のような若い子供が訪れて良い場所ではない。早々に立ち去れ」

「え?安全地帯なのに……恐ろしい?」

「……本当に何も知らずに迷い込んだのか?ここは女帝が支配する奴隷街じゃぞ?」

「奴隷、街?」



レナ達の反応に老人は驚いた声を上げ、仕方がないとばかりに彼はこの場所の危険性を説明し始めた。

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