第535話 レナとカイン
(どうして大将軍がわざわざここに……俺の装備品を返しにくるだけなら大将軍が出向く必要なんてないはず)
レナは大将軍が自分の元に現れた事に戸惑い、装備品を返しに来てくれただけだとは思えなかった。何か自分に用事があるのではないかと思った時、カインの傍に控えている飛竜がゆっくりと近づいてきた。
「シャアッ……」
「えっ?あの……」
「ほう、俺の飛竜を見ても恐れもしないか、中々の肝っ玉だ」
カインが連れ出した飛竜は少し前にレナが戦った飛竜よりも一回りは大きく、顔つきも恐ろしい。普通の人間ならば飛竜を前にすれば気絶か、あるいは漏らしてしまうかもしれないほどの迫力だが、これまでに数多くの魔物を倒してきたレナは飛竜の外見を見ても特に恐れも焦りも抱かない。
自分の飛竜を目の前にしても怯えもしないレナを見てカインは感心する一方、彼が小包を開いて取り出した装備品を見て疑問を抱く。レナが受け取った装備品は明らかに魔術師が扱うはずのない装備品ばかりのため、カインは率直に尋ねた。
「レナ、といったな」
「あ、はい……」
「お前はその武器を扱う事が出来るのか?」
「……まあ、一応は」
レナはカインに質問に戸惑い、その返答を聞いたカインは腕を組んで更に質問した。
「魔拳士の噂は俺の耳にも届いている。魔術師でありながら、魔法ではなく拳を使って戦う変わった人間がいるとな」
「……魔術師だからって、全員が砲撃魔法を扱えるわけじゃないんですよ」
この世界における魔術師のイメージは遠距離から魔法を放ち、相手を後方支援を行うというのが一般人の見解だが、レナはその魔術師には当てはまらない。あくまでもレナの魔法は接近戦がメインであって後方支援型の魔術師とは本質が異なる。
カインはレナの返答を聞いて彼の装備品に顔を向け、本当に魔術師が格闘家が身に付けるような装備品を装着し、戦えるのかと疑問を抱く。だが、実際にレナの噂はよく耳にしており、それに実の娘であるミナからも何度か話を伺っていた。
(試すか……)
娘の事を思い出したカインはレナに視線を向け、本当に噂に聞くほどの実力者なのかを確かめるため、彼は背中に背負っていた「ランス」を取り出す。彼の装備するランスは王都で一番の名工に作り出した代物であり、ミスリルだけではなく複数の金属を取り込んだ合金である。
ランスを構えたカインに対して周囲の人々は驚き、ダリルと御者の兵士も慌てふためく。レナの方も武器を構えたカインに対して戸惑うが、そんな彼に対してカインは一言告げた。
「今から俺はお前にこの槍を突き出す」
「えっ……な、何でですか?」
「安心しろ、当てる気はない。だが……覚悟はしておけ」
「はいっ!?」
唐突にとんでもないことを言い出してきたカインにレナは慌てふためくが、ランスを構えたカインは右腕の筋肉を肥大化さえ、表情を険しくさせる。その様子を見てレナは本能的に危険を察すると、咄嗟に小包から闘拳を装着して身構えようとした。
「ぬんっ!!」
「
ランスをカインが突き出した瞬間、レナは闘拳に付与魔法を施して限界まで魔力を注ぎ込み、極化を引き起こす。そして迫りくるランスを受け止めようと掌を広げると、カインの放ったランスは衝突する寸前に停止した。
『ひいっ!?』
当たりはしなかったが、ランスを振り抜いたときに発生した衝撃波が広がり、周囲の人々は悲鳴を上げた。一方でレナの方はランスが止まった事に目を見開き、同時に全身から冷や汗を流す。その様子を見てカインはゆっくりとランスを下ろした。
「なるほど、確かに娘の言う通りに大した男だ。俺のランスを避けるでもなく、受け止めようとするか……」
「……ど、どうも」
レナはランスを受け止めようとした理由は、仮に避けようとしても避けられる自信がなかった。どんな動きをしようとカインはそれを読んでランスの軌道を変えてくると思ったレナはそれならば正面から受けようとしたのだが、先ほど繰り出された突きの凄まじき速度と迫力に冷や汗が止まらない。
(なんて突きだ……ミナの槍よりも凄かった)
槍騎士であるミナが繰り出す槍捌きも見事だが、父親であるカインは彼女を遥かに上回り、たった一突きで娘との格の違いを見せつける。しかも彼の職業は竜騎士であるため、本来の力は飛竜に乗る事で発揮される。
飛竜に頼らずとも娘にも勝る突きを繰り出したカインはレナの実力を把握した事で満足したのか、飛竜の背中に乗り込み、そのまま去ろうとした。だが、最後に一言だけレナに告げた。
「我が部下の非礼を詫びよう……すまなかった」
「えっ……」
「それと……娘の事を頼んだぞ」
「ええっ!?」
カインの意外な言葉にレナは驚くが、彼はそれだけを言い残すと飛竜を走らせ、そのまま天高く飛び上がる。その様子を唖然とした表情でレナ達は見送る事しか出来なかった――
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