第520話 大迷宮で何が起きたのか

――煉瓦の大迷宮が封鎖される前、緑の騎士は大迷宮内にて探索を行っていた。彼女たちが煉瓦の大迷宮へ訪れた目的は自分たちの素材集めのためだけではなく、親交のあった冒険者がこの大迷宮で行方不明になったという噂を聞きつけたからだった。


彼女たちが探している冒険者は最近になって煉瓦の大迷宮で姿を消し、既に大迷宮に入ってから一週間以上は経過していた。煉瓦の大迷宮は王都が所有する大迷宮の中で最も危険度が高く、一流の冒険者であろうと一切の油断は出来ない。なので二日以上も戻ってこない場合は既に死亡したと考えるのが当たり前である。


知人でもある冒険者が戻ってこない事に心配した緑の騎士は大迷宮に潜り込み、独自に調査を行う。だが、結果的にはそれが災いして彼女たちは悲惨な目に遭う。




調査を開始してから半日ほど経過した頃、流石に体力の限界を迎えようとしていた3人は地上へと引き返そうとした。持参した転移石で帰還をしようとしたとき、彼女たちの前にゴブリン亜種が気配も立てずに接近し、不意打ちを食らう。3人は転移石を破壊され、そのままゴブリン亜種の大群に襲われ、気絶してしまう。


次に目を覚ました時は3人は装備品を剥ぎ取られ、手足を縄で拘束された状態で檻の中で目を覚ます。最初は自分たちの身に何が起きたのか理解できなかった3人だが、檻の中には自分たち以外に数名の人間が存在する事に気づき、その中には緑の騎士が探し求めていた人物もいたという。



『ミル!!あんた、無事だったのね!?』

『…………』

「ミル?ちょっと、どうしたのよ……?」



彼女たちが探していた冒険者は「ミル」という名前の女性冒険者であり、実は彼女も普通の人間ではなく、アイーシャ達と同郷の森人族でもあった。年齢はノルンと大差はないが、彼女の場合はアイーシャ達よりも5年も早く里を抜け出して人間社会に馴染んでいた。


実をいうと緑の騎士の3人が冒険者になる事を決意したのもミルから勧めであり、丁度彼女が王都を離れて別の街に訪れていた時に里を抜け出したばかりのアイーシャ達と遭遇し、冒険者になる事を勧めた。結果的には3人は冒険者になった事で収入が安定して旅も楽になったのだが、そんなミルが行方不明になったと聞いて3人は放置できずに調査に乗り込んだ。しかし、見つけ出したミルの状態が普通ではない事に気づいた3人は他の冒険者の様子もおかしい事に気づく。



『お前たち、どうしたんだ?なんで大人しく捕まっているんだ?』

『うるせえよ、もう終わりなんだよ俺達は……』

『もう、疲れたわ……』

『気をしっかり持て!!こんなところで諦めたら駄目だ!!』



緑の騎士の3人は必死に冒険者たちを励まし、共に逃げようと説得するが聞き受けられず、結局は3人以外の冒険者は既に生き延びる事を諦めていた。



『姉様、アルン……こいつら、様子がおかしいわ』

『ええ、普通じゃないというか……生気を失っていますぅっ』

『……ともかく、私達だけでも気をしっかり保とう』



幸いというべきか、基本的には檻の周囲には見張り役は存在せず、ゴブリン亜種の姿もなかった。魔物の骨で形成された檻は見た目は酷いが頑丈で壊す事は無理だったが、手足を縛りつける縄に関しては彼女たちは「縄抜け」という技能を駆使して取り外す事に成功する。


動けるようになった3人は檻の中に存在する冒険者達から情報を聞き出そうとしたが、結局は生きる気力を失っていた彼等の協力を得るのは難しかった。それでも根気よく3人は事情を尋ねると、知り合いだったミルが答えてくれた。



『ここでは……食事が1日に1度差し出されるわ。ゴブリンが持ってきてくれるの、基本的には生肉をそのまま投げ込まれるわ』

『ゴブリンが……食事を運んでくるのか?』

『……ここのゴブリン達は普通じゃない、明らかに何者かに「躾け」を受けているのよ。そうでなければ最初に襲われた時に殺されているはずでしょう?』

『そんな馬鹿な……大迷宮の魔物が躾けられているなんて話、聞いたこともないわ!!』

『なら、別に信じないでもいいわよ……』



ミルの言葉を聞いてノルンは信じられなかったが、そんな彼女にミルは冷たくあしらう。既に檻の中の冒険者達は精神的に追い込まれているらしく、この様子では話を聞くのは難しいと思った3人は脱走の手立てを考える。





それからしばらくすると、ミルの言う通りにゴブリンキングが現れ、その手にはオークの死骸が握りしめられていた。檻の前にまで移動してきたゴブリンキングに対してアイーシャ達は圧倒されるが、ゴブリンキングは無造作にオークの肉を引きちぎって檻の中に放り込む。



『グガァッ……』

『め、飯だ……飯だぁっ!!』

『寄越せっ!!』

『それは私のよっ!!』

『お、お前たち……!?』



放り込まれたオークの生肉に対して先ほどまでは生気を失っていた冒険者達が我先にと奪い合い、生肉に嚙り付く。その異様な光景にアイーシャ達は圧倒され、そんな彼女達の姿をゴブリンキングは無表情に眺めていた。

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