第521話 監禁生活

まともな調理もされていない生肉を無我夢中に食い漁る冒険者達の姿を見て緑の騎士の3人は圧倒され、止める事も出来なかった。いくらオークの肉が食用として扱われているとしても、火も通していない生肉を口にするなど有り得ない。しかし、追い詰められて冷静な判断も出来ない冒険者達は必死に肉に喰らいついた。


生きる気力を失っているように見えながらも食事を前にすると動かずにはいられず、皮肉な事に与えられた肉を奪い合う間は彼等は生き生きとした表情を浮かべていた。その様子を見ていずれ自分たちも彼等と同じような状態に陥る事を危惧したアイーシャは妹二人を抱き寄せて相談を行う。



『何としてもここから逃げ出す。ここに長居すれば私達も気が狂ってしまう』

『でも、魔石も杖もないから魔法が使えないわ……』



魔術師である3人は魔法を扱うために必要な触媒となる魔石も杖がなければ魔法は使えず、このまま檻を脱出したとしてもすぐに捕まってしまう。下手をしたら今度こそ殺されるかもしれない。


そもそも転移石がなければ大迷宮から抜け出す事は出来ず、広大な迷宮の中で転移台を見つけ出すなど不可能に等しい。それでもアイーシャは諦めないために二人に話す。



『噂では近いうちにギルドが調査隊を派遣してこの迷宮の探索を行うはず、そうすればきっと私達も救い出されるはずだ……この王都には黄金級冒険者が何人もいる、希望を捨てずに今は耐えるしかない』

『で、でも……あんな物を食べなければならないの?』

『お腹を壊しそうです……』



生肉を貪る冒険者達の姿を見てアルンとノルンは口元を抑えるが、アイーシャも出来ればあんな物を口にするのは避けたかった。調理していない生肉を食べて食中毒でも引き起こせば大惨事に繋がるため、アイーシャは仕方がないとばかりに二人に囁く。



『助けが来るまで私達は瞑想を行い、この場所の「精霊」の力を借りて生き延びるしかない……出来る限り動かず、無駄な体力を消費するんじゃないぞ』

『わ、分かりましたぁっ……』

『仕方ないわね……風の精霊よ、どうか私達にお力をお貸しください』





――森人族の間では「精霊魔法」と呼ばれる特殊な魔法が存在し、これは純粋な人間では絶対に授かる事はない「精霊魔術師」という称号を持つ魔術師にしか扱えない。精霊魔術師の称号を持つ人間は精霊と呼ばれる存在の力を借りて魔法を扱える。





精霊というのは目では捉えられないが、確かに存在する魔力の塊ともいわれるような存在だった。精霊はどんな場所にも存在し、魔法に精通する者にしか感じ取れない神秘的な存在でもある。


また、精霊には複数の種類が存在し、基本的には魔法の七大属性の「風」「火」「水」「雷」「地」「聖」「闇」の七種類が存在する。この七つの種類の精霊は自然環境によっては存在できる場所と出来ない場所がそれぞれ分かれており、例えば水属性の精霊は水辺などでは大量に発生するが、火山地帯などでは自然発生はしない。逆に火属性の精霊は熱気がある場所ならば何処にでも存在するが、雪国などの熱が存在しない場所で生まれる事はあり得ない。


通常の魔術師は自分の体内に宿る魔力を利用して魔法を扱うのに対し、精霊魔術師の場合は自分の魔力だけではなく、この精霊の力を借りて魔法を生み出す。だからこそ精霊魔術師は一般的には魔法職の中で最も優れた魔術師だと言われている



『これから必要な時以外、決して喋らず動かず精霊の力を取り込みながら大人しくしているんだ。いいな?』

『はい……』

『……はい』



アイーシャの言葉にアルンとノルンは頷き、それ以降は3人は檻の中で座り込んだまま動かず、ずっと瞑想を行っていたという。






それから時は流れ、アイーシャ達が捕まってから数日ほど経過した頃、既にミルは衰弱状態、他の冒険者も食事以外の時は横たわったまま動かなかった。この数日の間に2名の冒険者が死亡し、その死体は檻の外に放り出されてゴブリンの餌になった。


わざわざ自分たちで捕まえて檻の中に閉じ込め、捕まえた人間が餓死するとそれを食べるというゴブリンの行動が理解できず、アイーシャだけは瞑想を中断して考え事を行う。この数日の間、彼女はまともな食事を取っていないが肌色は悪くはなく、空腹感はあるがそれでも耐え切れないほどではなかった。



(瞑想のお陰で体内の魔力は潤っている……この調子ならしばらくは問題ない)



彼女は精霊を取り込む事で魔力を全身に送り込み、生命活動を維持していた。魔力とは言ってみれば生命力その物であるため、魔力を取り込み続ければ肉体が死ぬことはあり得ない。しかし、食事を行わずに過ごすのも限界があり、身体の方は明らかに痩せていた。



(二人の方は……流石に限界が近いか、だがあの生肉を食べれば正気ではいられなくなる。何とか耐えなければ……)



アイーシャはミルの様子を伺い、彼女はもう残念ながら意識はなかった。食事の時間になっても動く事はせず、黙り込んだまま何もない空間を凝視する。その様子を見てアイーシャは彼女がもう助からないことを悟り、唇を嚙み締める。


このまま自分たちもミルのように追い詰められ、魔物の生肉を食らって彼女のようになってしまうのかと考えた時、不意にアイーシャは違和感を感じとる。そろそろ食事の時間だというのにゴブリンキングが現れる様子はなく、その代わりに檻の前で何者かが立っている事に気づいた。

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