第510話 生存者

「血痕が消えていないという事は……大迷宮に取り込まれていないという事、つまりこの血痕はつい先ほどに出来たばかりですわ!!」

「そっか、大迷宮は確か死体を吸収する性質を持っているんだっけ……」

「改めて聞くと、とんでもない場所だよなここ……」



大迷宮で死亡した生物は原理は不明だが肉体のみが吸収され、血の一滴さえも残さずに消えてしまう。しかし、死体が吸収されるまでにはある程度の時間が掛かり、床に広がっている血痕がまだ消えていないことを考えると、先ほどに血痕が出来上がった事が予想される。


血痕の跡を追いながらもレナは警戒心を緩めず、それでいながら血痕が消え去る前に急いで血痕の主を探し出す。それからしばらくすると、通路を走っていたコネコが何かに気づいたように声を上げた。



「あそこだ!!あそこの通路を曲がった場所に誰かいる!!」

「本当か!?」

「魔物じゃないの!?」

「とにかく急ごう!!」



コネコの言葉を聞いてレイナは移動速度を上げると、曲がり角へと辿り着く。そして魔銃を構えながら通路の様子を伺うと、そこには壁に背中を預ける女性が存在した。女性は血まみれの状態で壁に背中を預けたまま動かず、焦点の合っていない瞳を天井に向けたまま動かない。


明らかに危険な状態の女性を目にしたレナ達は驚きのあまりに立ち止まってしまうが、即座に女性の元に急いで意識があるかを確かめた。



「あのっ、大丈夫ですか!?」

「意識はあるのか!?」

「うっ……」

「まだ息はある!!すぐに治療を……」



女性は声をかけると僅かにだが反応を示し、すぐにレナは自前の回復薬を取り出して治療を行おうとした。ヒリンが気絶している以上は彼女には頼れず、女性の傷口と口元に回復薬を与えようとしたが、そんなレナに対して女性は腕を振り払う。



「ひ、ひいいっ!?」

「うわっ……落ち着いてっ!!俺たちは人間です、魔物じゃない!!」

「あああっ……!?」



レナ達の姿を見て魔物だと思ったのか、女性は怯えたように右腕を振り払う。ここでレナは女性の左腕が存在しない事に気づき、先ほどのコボルト達が喰らいついていた人肉の正体が彼女の腕だと気づく。


女性は酷い怪我を負っており、腕だけではなく腹部や両足も負傷していた。普通ならば死んでいてもおかしくはない状態だが、女性は必死にレナに抗って治療を試みようとする彼の腕を振り払う。



「いや、来るなっ!!来るなぁっ……!!」

「おい、落ち着け!!」

「落ち着けよおばさん!!あたし達は味方だって!!」

「それ以上に動けば死にますわよ!?」

「……に、人間?」



必死にレナ達が話しかけると女性もやっとレナ達の存在を認識したのか、相手が魔物ではない事を気づく。彼女は怯えた表情を浮かべながらレナに視線を向け、ゆっくりと腕を伸ばす。



「た、助けて……」

「はい、すぐに治療しますから……」

「違う、私じゃない……私はもう、助からない。でも、他の子はまだ間に合う……!!」



女性の言葉にレナは治療を行おうとしたが、彼女はそれを拒否して自分ではない誰かを助けるように乞う。女性の申し出にレナは戸惑うが、女性は通路の奥を指差して告げた。



「この奥に……奴が、いる」

「奴?奴って誰だよ?」

「お願い……仲間を、助けて……」

「おい、おい!?」

「……駄目です、もうこの人は……」



ナオが女性の首筋に手を触れ、事切れた事を察するとレナ達は黙り込み、治療を行おうとしたレナは女性を助けられなかった事に項垂れる。だが、女性は自分が死ぬかもしれない状態で他の人間の命を優先した事に対し、女性の最期の願いを叶えるためにレナは通路の奥に視線を向けた。




――ここでレナは瞼を閉じて魔力感知を発動させると、通路の奥の方から大きな魔力を感じ取った。それは先ほどの死霊騎士にも匹敵し、恐らくはドリスが大迷宮に訪れた時に感じ取った魔力の片割れである事は間違いなく、この先にレナ達が大迷宮に訪れた目的の敵が存在する。




レナはいずれ大迷宮に吸収されるであろう女性の死体を前にして彼女の瞼を閉じさせ、全員に振り返る。そんなレナの行動に皆は頷くと、ヒリンを抱えていたミナは彼女を通路に横たわらせた。



「ごめんねヒリンさん、全部終わったらすぐに迎えに行くからね」

「仕方ありませんわ……念のためにこの通路は私の魔法で通れないようにしておきましょう」



魔物が現れる場所に眠っているヒリンを置いていくのは危険だが、このまま気絶した彼女を連れて行く方が危険だと判断したドリスは氷塊の魔法を発動して通路を封鎖するほどの大きな氷塊を作り出す。これならば大抵の魔物の侵入を拒み、易々と突破されることはない。


ヒリンを女性の死体の傍に置いたレナ達は通路の奥へと歩み、やがてコネコが冷や汗を流して呟く。彼女の「気配感知」の能力にてこの先に潜む存在をいち早く感知していた。



「凄い気配だ……前に戦ったゴブリンキングの時と同じぐらいの強い気配を感じる」



コネコの言葉にレナは通路の奥に待ち構える存在が大迷宮に出現した「ゴブリンキング」だと確信を抱き、そして遂に通路を抜け出したレナ達は大きな広場へと辿り着く。

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