第504話 最悪の相性 その2

「う、ぎぃいいいいいいいっ!!」

『オオッ……!?』



全員が動き出す前に通路の方角から奇声が響き渡った事で全員の意識がそれてしまい、やがて通路の方からデブリとナオを両肩に抱えたヒリンが姿を現す。


額に血を流し、脱力状態に陥ったデブリとナオを軽々と持ち上げたヒリンは二人を広場に放り込む。派手に投げ飛ばされた二人は地面に叩きつけられて意識を取り戻す。



「ふんっ!!」

「きゃうっ!?」

「いだぁっ!?」

「あんちゃん!?ナオの姉ちゃんも無事だったのか!!ていうか、可愛い悲鳴だな……いや、それよりどうしたんだよヒリンのおね兄ちゃん!!」

「うるっせぇえええっ!!」

「ひいっ!?」



ヒリンは興奮のあまりに額から血飛沫を放ち、自分の服を掴むと力ずくで引き裂く。そして筋肉美な肉体を惜しみなく晒すと、ゆっくりと自分を気絶に追い込んだ死霊騎士に振り返る。その表情は常軌を逸しており、首の骨を鳴らしながらゆっくりと広間を歩み寄る。



「さっきは良くもやってくれたなてめえっ……ぶっ殺してやる!!」

「お、お待ちください!!そいつに触れたら……」

「うるせえぞあばずれがぁっ!!」

「あばずれっ!?」

「行くぞ、おらぁっ!!」

『オアアッ!!』



ドリスはヒリンの言葉に衝撃を受けた表情を浮かべ、この状態のヒリンは言葉が通じず、制止の言葉を振り切って死霊騎士の元へ向かう。レナ達は彼を止める事が出来ず、そのままヒリンは死霊騎士の身体に突進した。


自ら突っ込んできたヒリンに対して死霊騎士は正面から受け止め、そのまま彼女の魔力を吸い上げようとした。だが、ヒリンの肉体に触れた瞬間に死霊騎士の動作が鈍り、逆にヒリンの方が押し返して壁際に叩き込む。



「くたばれやぁっ!!」

『オガァッ!?』

『えええっ!?』



怪力を発揮したヒリンは死霊騎士を壁際に叩きつけると、そのまま拳を握りしめて殴りつける。甲冑に対してレナのように闘拳も身に付けずに既に殴り続けるヒリンに広場の誰もが驚くが、彼は拳に血が滲もうと構わずに殴り続けた。


先ほどからヒリンは生身の状態で死霊騎士に触れているにも関わらず、ナオやデブリのように力を奪われる様子はない。それどころか殴りつけられている死霊騎士の方が徐々に追い込まれていき、鎧が凹み始める。



「す、すげぇっ……」

「信じられませんわ……」

「ひ、ヒリン君……こんなに強かったの?」

「……ミナ、よく勝てたね」



死霊騎士を相手に圧倒するヒリンの強さにレナ達は動揺を隠せず、その一方でレナはヒリンの戦う姿を見てある事に気づく。最初は気づかなかったが、彼女は殴りつけると際に手元に光の球体が覆っている事に気づく。



(あれは……まさか、回復魔法?)



幾度も拳を甲冑に殴りつけても骨が砕く様子がない事に疑問を抱いていたレナだが、ヒリンはどうやら回復魔法を発動させて自身の拳を治療している事を知る。回復魔法を常に発動させる事でヒリンは拳を修復し、死霊騎士へと叩き込んでいたのだ。


しかも死霊騎士は闇属性とは相反する聖属性の魔力は吸収できないらしく、治癒魔導士であるヒリンの体内は聖属性の魔力が満ち溢れており、彼女からは魔力を奪う事は出来ない。それどころか回復魔法を施した拳で殴りつけられた箇所は闇属性の魔力も弱まるのか、先ほどまでの威圧感が消えて徐々に全身から放たれていた闇属性の魔力が減少していく。



(そうか、死霊騎士にとっての天敵は治癒魔導士だったんだ!!)



死霊騎士は聖属性以外の魔法は吸収する能力を持ち合わせているが、その弱点である聖属性の魔法の使い手にとっては脅威とはなり得ず、一方的にヒリンに殴りつけられていた。この調子ならば彼だけでも倒せるのではないかと思われた時、死霊騎士に猛攻を加えていたヒリンの身体に異変が生じた。



「はっ……はあっ……くそ、硬いんだよてめえっ!!」

『オオッ……!?』

「あ、あれ……なんか、まずくないか?」



殴り始めてからしばらく時間が経過した頃、ヒリンの身体から滝のような汗が流れ始め、疲労の色が見え始めた。どうやら回復魔法の使用し続けた影響でヒリンの魔力が消耗し、体力が尽きようとしていた。


砲撃魔導士の砲撃魔法と同様、本来は回復魔法に関しても魔力の消耗量が高く、しかもヒリンの場合は常に回復魔法を発動させている状態に近いため、その消費量は計り知れない。死霊騎士はヒリンの疲労に気づいたのか、隙を突いて両手を差し出して押し飛ばす。



『ウオオッ!!』

「ぐあっ!?」

「ヒリンさん!!」



まだ力が残っていたのか死霊騎士に突き飛ばされたヒリンは吹き飛び、そのまま反対側の壁際まで叩きつけられた。意識は残っているようだが激痛で表情が引きつり、更に魔力の消耗によって一気に体力を消耗したせいか立ち上がろうとしても膝を崩す。



「く、くそっ……!!」

『オオオッ……!!』

「こいつ、どんだけしぶといんだよ!?」

「ど、どうすれば……」



ヒリン以外に死霊騎士に有効的な攻撃を与えられる者はおらず、レナの付与魔法もドリスの初級魔法も下手に使用すれば死霊騎士に魔力を吸収されてしまう。だからといって戦闘職のミナやコネコでは死霊騎士を攻撃しても倒す事は出来ず、聖属性の魔法攻撃でなければ死霊騎士を完全に倒す事は出来ない。


このままでは打つ手がないかと思われたが、ここでレナはある事を思い出す。そしてヒリンに振り返ると、彼の協力を得られれば死霊騎士を倒す事が出来るかもしれないと考えたレナはヒリンの元へ向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る