第496話 木箱の中身は

「あ~あ、姉ちゃんのケーキが食べたかったのにな……まあ、ちょうど腹も減っていたし、ちゃんとしたご飯を食べるのも悪くはないけどさ」

「ねえねえ、それよりも何処で食べる?クランハウスに戻って食堂でも行く?」

「この近くなら僕の行きつけの店があるぞ。安くて早くて料理も美味いし、この状況でも開いている店だぞ」

「酒場か……じゃあ、行ってみようか」



ドリスを家に送り届けた後、レナ達はデブリの行きつけの酒場に向けて移動を行う。ちなみにこの世界では未成年者であろうと酒場の立ち入りは禁じられてはおらず、酒を飲まなければ普通に子供であろうと出入りも許されている。



「ねえねえ、そういえば僕達だけで一緒にいるのは久しぶりだよね」

「そういえばそうだね、最近はいつも皆一緒だったからね」



デブリの案内の元、ミナは久々に4人だけで行動を共にしている事を思い出す。魔法科と騎士科の対抗戦を切っ掛けにレナ達は仲が深まり、ここにシノが入れば最初に対抗戦でともに戦った全員が集まる。最もシノはダリル商会の護衛役として忙しく、しばらくの間は行動を共にすることはないだろう。


久々に4人で行動する事になるが、実際の所は4人で行動していた時期は短く、割と早くシノが仲間に加わったのでドリスと対抗戦で知り合うまでは5人で行動していた時期が長い。デブリも対抗戦が開かれるまではレナ達と殆ど接点はなかった。こうして考えると現在の自分達は不思議な巡りあわせをしたのだと思いながらもレナはデブリに酒場の場所を聞く。



「デブリ君、その酒場までどれくらい離れているの?」

「もう少し歩けば見えてくる、だけどここは遠回りするぞ」

「え、何で?」

「そんなの腹を空かせるために決まっているだろう!!空腹こそが最高の調味料、飯を食べるときは極限まで腹を空かせて食べるのが一番だ!!」

「いや、知らねえよ!!別にそこまで腹空かせて食べたいとは思わねえよあたしらは!?」



謎の信条を掲げるデブリにコネコは突っ込むが、仕方なく彼に付き合って遠回りして酒場に向かおうとした。だが、ここでレナは不意に違和感を覚えて足を止め、後方を振り返る。



「……?」

「ん?どうしたレナ?」

「急に立ち止まって何か気になるのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」



レナも自分自身がどうして立ち止まったのかを戸惑い、振り返ってみても誰も存在しない。人一倍気配には敏感なはずのコネコも特に何も反応は示しておらず、いつぞやのように誰かに尾行されているという感じではない。


だが、不思議に思ったレナはここで「魔力感知」の事を思い出し、試しに先ほど覚えたばかりの魔力感知を発動させて周辺の様子を伺う事にした。



(心を落ち着かせて……こうか?)



先ほどの練習の時の感覚を思い出したレナは「魔力感知」を発動させると、ほんのわずかではあるが自分たちの近くに魔力を感じ取った。位置はそれほど離れておらず、レナは瞼を開くと近くの路地に置かれている木箱から感じる事に気づく。


まさか誰か閉じ込められているのかと焦ったレナは路地に置かれている木箱に近付き、誰もいないことを確認すると木箱の蓋に手を伸ばす。特に鍵などは掛けられておらず、あっさりと開く事に成功した。



「ちょ、兄ちゃん何やってんだよ」

「勝手に開けて大丈夫なのか?」

「というか、何でこんな場所に木箱なんて……」

「これは……」



レナの行動に他の3人も慌てて駆けつけると、木箱の中身を覗き込む。そして箱の中を確認した瞬間、白い毛皮が綺麗な小さな狼が閉じ込められている事を知る。



「クゥンッ……」

「……狼?」

「どうしてこんな箱の中に……」

「何か、随分と弱ってるな」

「可哀想に、誰がこんな箱に閉じ込めたんだ……」



狼はレナ達を見ても特に大きな反応を示さず、随分とやせ細っている状態だった。どうやら何日も餌を与えられていないのか弱り切っており、見ていられなくなったレナは狼を抱き上げた。


シノが飼育しているクロと外見はよく似ているが、クロの毛並みが黒色に対してこちらの狼は雪の様に真っ白な美しい毛並みだった。狼を抱き上げたレナは逃げる事もせず、むしろレナの温かさに擦り寄る様に小さな狼は鳴き声を上げる。



「クォンッ……」

「こいつ……相当に弱ってるな」

「このままだと死んじゃうかもしれないよ?」

「くそ、こんな箱の中に閉じ込めるなんて酷い事しやがって!!誰の悪戯か知らないけど可哀想だろ!!」



コネコは怒りを抑えきれずに狼が入っていた木箱を蹴り飛ばし、その際に木箱は砕けてしまう。レナは弱り切った狼を発見した以上は放置はできず、念のために魔力感知で周囲に人の反応がないのかを探すが、特に魔力は感じられず、この周辺には人間がいた様子はない。


この狼が捕まえられて木箱に押し込められていた可能性もあるが、単純に誰かが狼を捨て犬のように木箱に詰めて放置した可能性もあり、仕方なくレナは狼を助けるために連れ出す事にした。



「ごめん、俺はこの子をアイリさんのところに連れて行く!!アイリさんならきっと、何とかしてくれると思うから!!」

「分かった、気を付けろよ兄ちゃん」

「急いで行ってあげて、僕達の事は気にしないでいいから……」

「そいつを助けてやれよ!!」

「クゥ~ンッ……」



弱っている狼を抱えたレナは背中に抱えていたスケボに乗り込み、そのまま魔法学園の方角へ向けて飛び出す。アイリが学園に残っている事を祈り、全速力で向かった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る