第481話 迷宮の異変

「フガッ……アアッ……」

「おい、しっかりしろ!!」

「ちょ、ちょっと待てよ!?そいつ、起こしても大丈夫なのか?」

「大丈夫ですわ、トロールはこちらから手を出さなければ襲ってくる事はありません!!」



トロールの元にレナが駆けつけ、傷の具合を確認する。その様子を見てデブリが心配した声を上げるが、こちらのトロールは面識があるのでドリスもレナに続く。



「……傷が深い、このままだと助からない」

「これは……もう回復魔法を掛けても助からないわね、ごめんなさい」

「そんな……一体誰がこんな目に」

「傷口を確認する限りでは……どうやら刃物の類で体のあちこちを切り裂かれたようです」

「刃物?でも、大迷宮には冒険者は今は立ち寄ってないんじゃ……」



傷の具合を確かめる限りではトロールの傷跡は全て刃物で切り裂かれた事が判明し、既に血を流しすぎていた。仮にヒリンの回復魔法や手持ちの回復薬を与えたところでもう助からない事は明白であり、トロールの腕をレナは握りしめる。


このトロールが渡してくれた大剣のお陰でレナは現在の黒硬拳を手に入れ、ゴブリンキングを討ち果たす事が出来た。もしもこのトロールとの出会いがなければレナは仇討ちを果たす事が出来なかっただろう。



「……ごめん」

「アアッ……」



トロールは最後にレナに視線を向けると、弱弱しくも握り返すと、やがて力が抜けたように動かなくなった。その様子を仲間達は目を逸らし、腕を握りしめていたレナもやがて手放すと、歯を食いしばってトロールが現れた通路に視線を向けた。


傷を負って動いていたせいで通路にはトロールの血の跡が残っており、時間が経過すれば死体とともに大迷宮に取り込まれてしまうだろう。だが、その前に血痕を辿ればトロールに傷を負わせた存在と会えるかもしれないと思ったレナは皆に告げる。



「……行こう、トロールを倒した相手を調べてみよう」

「そ、そうですわね……」

「レナ君……」

「兄ちゃん……」



レナの発言に他の者たちは断ることが出来ず、彼に従って移動を行う。血痕が消え去る前にレナ達は通路を駆け抜けると、やがて広間へと辿り着く。その場所には複数のコボルトやオークの姿が確認された。


この煉瓦の大迷宮は他の大迷宮と異なる点は出現する魔物の数と種類であり、他の大迷宮では数種類しか魔物が現れないのに対して煉瓦の大迷宮では十数種類の魔物が出現する。なのでコボルトやオークが存在してもおかしくはないのだが、レナ達が発見したのは「死体」であった。一体何が起きたのか広間には無数の死体が転がっており、しかも殺されたばかりなのは間違いない。



「な、何が起きてるの……こんなにたくさんの死体が並んでいるなんて」

「おい、見てみろよ……こいつらも刃物で切り裂かれたみたいだぞ」

「じゃあ、誰かが魔物を殺しまわっているのか?でも、あたしたち以外に冒険者なんて……」

「もしかしたら行方不明になった冒険者の誰かが生き残っているんじゃないの!?それで魔物を殺して脱出の手段を探しているんじゃ……」

「その可能性もありますが……見てください、この死体。刃物で切り裂かれた以外の傷もあります」

「あら……これは噛み傷かしら?」



ナオが死体を指差すと、確かに刃物ではなく、何かに食いちぎられたような傷跡も残っていた。先ほどのトロールの死因は刃物による出血死である事は間違いないが、こちらの死体には無数の「噛み跡」も存在し、明らかに何者かに食われた跡が存在する。


尋常ではない数の死体に「切り傷」と「噛み跡」この事から考えられるのは死体を形成した存在は冒険者ではなく、武器を扱う魔物の仕業ではないかと思われた。



「これって……まさか、ゴブリンキングの仕業?」

「いや、噛み傷の大きさから考えてもゴブリンキングの仕業だとは思えません。あまりにも小さすぎる……ですけど、ゴブリンキング以外の存在だとしたら考えられるのは」

「ホブゴブリンかっ!?」



ゴブリンキングではないが、通常のゴブリンよりも背丈と力が大きく、知能も高いホブゴブリンならば人間のように刃物を扱う事も出来る。そのため、レナ達は魔物を殺したのはホブゴブリンの仕業だと考え、この大迷宮内の何処かにホブゴブリンが潜み、自分たち以外の種を殺しまわっている可能性があった。


死体の数を考えても単独犯の犯行だとは考えにくく、複数のホブゴブリンが動いている可能性が高い。そうでなければ死体が一定の時間で消える大迷宮内で大量の死体が残せるわけではなく、レナ達は警戒心を高める。



「コネコ、気配は感じないの?」

「えっと……近くには感じないけど」

「ですが、これだけの新しい死体が残っているんです。場所を移動したとしてもそれほど遠くには離れていないと思いますが……」

「それならどうして……」

「レナ君、危ないっ!?」



会話の途中、ミナは何かに気づいた風に目を見開くと、咄嗟に彼女はレナの元に駆け出す。皆が彼女の行動に驚くが、直後にレナの傍に倒れていたオークの死骸を払いのけ、刃物を構えたゴブリンが出現した。



「ギィアアアアッ!!」

「なっ!?」

「させるかっ!!」



死体に隠れていたゴブリンの登場にレナは驚くが、ゴブリンは探検を構えてレナの胸元を突き刺そうとした。だが、その前にミナが動いて槍を構えると、ゴブリンに向けて投擲を行う。

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