第477話 ナオの過去

「大切な人を失った悲しみは……僕もあります」

「なんだと?」

「……僕の両親は、幼いころに亡くなりました」




――ナオは自分の過去を思い出し、かつて彼女の実の両親が亡くなっていた。その理由は彼女の両親は商人であり、この王都で商売を行っていた。ドリスの母親とは両親共に彼女とは幼馴染の関係であったため、ナオは幼少期からドリスと接点があったので仲が良かった。


商人としてナオの両親は決して優れていたとは言えず、二人はカーネ商会の傘下に入って商いを行うしかなかった。しかし、ある時にカーネ商会が要求する賄賂を支払いきれず、断ったことがあり、それが悲劇の始まりになる。


ある時にナオはドリスの家に招かれて泊まっていた時、ドリスの家に警備兵が駆けつけてきた。そして彼等からナオは自分の家が放火されたという話を聞く。火の勢いは強く、中には入れない状態だったために両親の救出も出来ない状況だったという。




急いでナオが家に戻ったときには既に建物としての原型は留めておらず、焼け果てた後だった。時間帯が夜であった事が災いし、警備兵の出動が遅れて家に取り残されていた両親は助からず、後に焼け焦げた二人の死体が発見される。両親の死体を発見したときの記憶は今でもナオは忘れられない。


だが、ここで疑問を抱いたのはどうして自分の家が急に火事になったかであり、しばらくするとナオはドリスにも協力してもらって独自に調査を行う。警備兵は火事の原因がナオの両親の火の不始末だと判断して碌な調査も行わなかったが、この彼等の反応が気にかかり、アリスも親友二人の死を不審に思って情報屋を介して捜査を行う。




その結果、ナオの家が火災を引き起こす前に何者かが家の敷地内にいたという情報を掴む。その人物を発見したのは浮浪者であり、彼はナオの家の傍で眠っていたところ、放火犯らしき人物を見たという。


残念ながら浮浪者が見た人物は全身をフードで覆いこんでいたので詳しい容姿はわからなかったが、彼の証言が正しければ今回の火事は殺人事件であり、すぐに警備兵にナオは調査を志願する。だが、警備兵は彼女の訴えを聞かず、今回の事件は勝手に事故として処理された。




アリスは警備兵の対応に不審に思い、そもそもナオの両親は人柄もよく、誰かに恨まれる性格ではない。それなのに急に放火されて殺された事に不審を抱いたアリスはナオから話を聞き、数日前にカーネ商会の要求した賄賂を渡すのを拒否した事を知る。




当時はカーネ商会と盗賊ギルドが繋がっている事を知っている人物は殆ど存在しなかったが、アリスは今回の件でナオの家を放火した犯人はカーネ商会の人間、あるいはカーネが雇った人間の仕業だと見抜き、カーネ商会を警戒するようになった。


当時はアリスの夫が商会を経営していたので表向きはカーネ商会に従い、アリスの方は着々とカーネ商会に対抗するための手段を練る。一方でナオの方は身寄りがないという事でアリス商会の元で引き取り、最初の頃はドリスと共に暮らしていたという。


だが、亡き両親の命を奪った人間を許すことが出来ず、彼女は復讐を誓ってまずは自分自身が強くなるために鍛錬を行う。それ以降の彼女は様々な格闘家の元へ赴き、弟子入りを志願しては彼等から技術を学び、強くなった。そして魔法学園に訪れるまでの間は武者修行の旅に出ていた。





ナオが強くなる目的はレナと同じであり、彼女は大切な人を奪われた憎しみを捨てきれずに強くなると決意した。そんな彼女だからこそ今のロウガの気持ちは痛いほど良く分かった――





「ロウガさん……会ったばかりの僕を信用できないのは分かります。だけど、貴方の気持ちは僕は理解できるんです」

「お前……」

「貴方の無念は僕が晴らす……だから、お願いします。僕に貴方の技を授けてください」



起き上がったナオは体中が傷つきながらも構えをとると、そんな彼女の姿にロウガは心を打たれる。



「……本当に、お前が……いや、お前らはゴブリンキングを倒した事があるのか?」

「はい、嘘じゃありません」

「分かってるのか?大迷宮の魔物と地上の魔物では同種であろうと危険度が違うんだぞ……下手をしたらお前の仲間が犠牲になるかもしれない。それでも戦うつもりか」

「大丈夫です、僕は仲間たちの中で一番に弱い……だから、死ぬときはきっと僕だけです」

「弱い、だと……お前がか?」



ナオは自嘲するように笑みを浮かべると、ロウガは信じられない表情を浮かべる。だが、ナオは本気で自分が仲間たちの中で一番弱いと思っていた。


腕力や耐久力ではデブリには及ばず、足の速さもシノやコネコには劣らず、レナやドリスのように強力な魔法も扱えず、ミナのように武器を巧みに扱う事も出来ないナオは普段から劣等感を感じていた。自分は本当に仲間の役に立っているのかと、彼等に迷惑をかけているのではないかと不安を抱えながら共に過ごす。


しかし、そんな自分の不安を払拭する事が出来るのも自分自身だとナオは気づいており、仲間たちの役に立つ目、自分が足手まといならないため、そして両親の仇を討つためにナオは強くなりたかった。

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