第476話 ロウガの強さ

ナオは蹴りつけられた腹部を抑えながらも起き上がり、彼女の視点ではいつの間にか自分が吹き飛ばされていたようにしか思えなかった。攻撃を仕掛けたはずなのに気づいたら地面に転がされていたという事実にナオは戸惑う。



「強い……」

「強いだと?当たり前が馬鹿が!!引退しようが、お前みたいなひよっ子に負けるほど衰えてはいねえ……こっちは20年近くも強くなるために修行してきたんだよ」



ロウガは汗だくでありながらもナオを叱りつけ、彼女と自分の違いを諭す。実際に戦ってみてロウガもナオには才能もあり、ここまで強くなるのに鍛錬を積んだのは感じ取った。だが、それでもナオはロウガに及ばないのは経験の差である。


格闘家として年季が違い、ロウガも幼少期から様々な強敵と戦い続ける事で自分を磨き続けた。時には挫折しかけたり、心が折れそうになったが、それでも彼は諦めずに戦い続けたという。



「来る日も来る日も毎日魔物どもや人相手に戦ってきた。俺の家は貧乏でな、食う物もないからという理由で両親から捨てられた俺に残されていたのはこの足しかなかった。ガキの頃から俺は足が速かった……だからこそここまで生き抜くことが出来たんだよ」

「足……?」

「俺が蹴り技しか使わないのはこれしか取り柄がないからだ。どんなに腕力を鍛え上げようと巨人族には敵わない、どんなに勉強したところで団長やイルミナのようには頭はよくなれない、どんな武器を使おうとカツには及ばない……そんな俺に残されていたのはこの足だけだったんだよ」



ロウガは自分の残された片足を叩き、今まで自分がどんな思いで黄金級冒険者を目指していたのかを語った。



「俺に自慢できるものがあるとしたらこの足しかなかった!!足が速かったお陰でガキの頃から食い物を手に入れたら他の奴らに奪われないように逃げ回った。そのお陰で俺は他の誰にも負けない脚力を手に入れた……気づいたときには俺の足は10歳のころからオークの首をへし折るまでの力を持っていた」

「まさか……闘脚と呼ばれていた所以はその足技だけで?」

「正解だ。俺はこの足だけで冒険者になって成り上がった……武器の類どころか、俺は防具すら身に着けずに戦い続けた。そんな事を繰り返していくうちに俺はいつの間にか闘脚と呼ばれていたんだよ。だがな、この渾名の本当の意味は足でしか闘えない男という意味なんだよ」



冒険者になったロウガは自慢の足だけで魔物を打ち倒し、ついには金級冒険者まで成り上がった。しかし、彼の戦い方はあくまでも足技でしかなく、決して戦闘の際には両腕で戦うことはなく、せいぜい補助にしか使わない。


ロウガが闘脚と呼ばれるようになったのは金級冒険者に昇格したころからであり、冒険者の間では彼の事を尊敬する者もいたが、格闘家などの称号を持つ人間からは「足技でしか闘えない男」だと笑われていた。それでもロウガは構わずに足だけに頼って戦っていたのは彼の意地だった。



「いつか俺はこの足の力だけで黄金級まで上り詰める、それが俺の夢だった。だが、たった一度の敗北で俺は全部失ったんだよ!!仲間も、右足も……全部亡くなったんだ!!」

「ロウガさん……」

「お前が俺の代わりにゴブリンキングを討つだと……調子に乗ってんじゃねえ!!その程度の力でどうにかなる相手じゃないんだよ!!今のお前が戦ったところで他の奴らの邪魔になるだけだ」

「……それでも僕は、諦めたくない!!」



ナオはどうにか起き上がると、戦意は衰えていないことを示すために拳を構え、ロウガと向き合う。ここまでの戦闘でナオはロウガに一度も攻撃を当てられず、逆に全ての攻撃にカウンターを喰らっていた。


ロウガは右足を失い、衰えたとはいえ、将来は黄金級冒険者に昇格すると期待されていた実力者である。その強さは本物で片足を失おうとナオには後れを取らない。実力差は明白だったが、それでもナオは諦めずに立ち上がり、戦う意思を見せる。そんな彼女にロウガは戸惑う。



「どうしてお前はそこまで……俺の仇を討とうとするんだ?俺はお前とは昨日会ったばかりなんだぞ?」

「僕は……ロウガさんの事を憧れていました。冒険者の中で武器も防具も使わず、足技だけで金級冒険者にまで成り上がった人がいると聞いてから、同じ格闘家として憧れていました」

「そういえばそんな事も言っていたな……だがな、これで分かっただろう。今、お前の前にいるのは自分の夢を果たすことも出来なかったクズだ。いや、仲間さえ守れなかったカスだ……生きている価値のないゴミなんだよ!!」

「違う!!」



ロウガの言葉にナオは否定すると、彼は驚いた表情を浮かべ、そんなロウガにナオは拳を握りしめて構える。



「ロウガさんがいくら自分を乏しめようと、僕にとって貴方は憧れの格闘家です。確かに貴方の夢は潰えたかもしれませんが……まだ、もう一つの目的は諦めていないはずです」

「もう一つの目的だと……」

「仲間の仇を討つ……ゴブリンキングを殺すことを貴方はまだ諦めていない。自分には無理だと言いながらロウガさんが指導官を務めて他の冒険者の育成に関わっているのは、心のどこかで自分が育てた人間に仲間の仇を代わりに討ってほしいと思っていたんじゃないですか?」

「それは……」



ナオの言葉にロウガは否定することが出来ず、ロウガ自身も心の片隅ではナオの言うとおりに自分が柄にもなく指導官の役目を引き受けたのはそんな理由があるのではないかと思った。

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