第462話 闘脚と呼ばれた男

「肩を貸しますよ、掴まってください」

「悪いな……お前等、俺の事を怒ってないのか?俺はお前等に必要もない試験を……」

「その事はもういいですわ。私達としても金色の隼の団員さんに十分な実力を見せつける事が出来ましたし、それにロウガさんの気持ちも分かりますわ。突然に私達のような子供が団員に入りたいなんて言い出せば疑いたくもなりますもの」

「それはそうだが……本当に悪かったな」



ナオに肩を貸して貰ったロウガはどうにか起き上がると、傍に置かれていた椅子の上に座り込み、義足に手を伸ばす。だが、いくら触れようと足の痛みは治まらず、ロウガは苦痛の表情を浮かべながら語る。


かつて闘脚と呼ばれた自分が、よりにもよって最も自分が頼りにしていた相棒が無くなったとき、ロウガは深い悲しみと同時に自分をこんな姿に追い込んだゴブリンキングに対する恨みを抱く。しかし、どれだけ恨もうと今の自分には何もできないという事実にロウガは悔しく思う。



「この無くなった足の痛みは……奴を殺すまで消える事はないだろうな」

「奴……ゴブリンキングの事ですか?」

「ああ、奴が生きている限りは俺の足の痛みが消える事はない。それだけは分かるんだよ……くそっ!!」



ロウガは自分の義足に対して拳を叩きつけ、怒りを露わにする。だが、いくら義足を叩きつけようと自分の本物の足が戻るはずもなく、彼は情けない姿を見せたとばかりにレナ達に謝った。



「悪いな、お前等にこんな話をしても仕方ないってのに……俺はもう行くぞ、いや、その前にお前はナオといったな?試合の時は中々の動きだった、まだまだ粗削りだが、お前は立派な武道家になれるだろうよ」

「は、はい!!ありがとうございます!!」

「ふっ……落ちぶれたとはいえ、俺も元は格闘家だ。こんな姿になってもお前に教えられる事があるかもしれない。もしも興味があったら訓練室に来い、俺が指導してやる」

「分かりました。必ず行きます!!」

「そう気負うな……そうそう、言い忘れていたが入団おめでとう。お前等なら他の奴等とも上手くやっていけるさ」



慣れない動きで杖を使い、どうにかロウガは立ち上がると、義足を引きずりながら去っていく。その後姿を見送ったナオは何とも言えない表情を浮かべていた。自分が尊敬を抱いていた冒険者の変り果てに彼女自身もショックを隠せない様子だった。



「あれが闘脚と呼ばれたロウガさんなんて……何だか信じられませんわね」

「片足も仲間も失ったんだから仕方ねえよ。あたしだったら兄ちゃん達がいなくなって右足がなくなったなんて考えるだけで……ぞっとするな」

「でも、ロウガさんはまだ諦めていないように思えました。あの人はまだ、ゴブリンキングを諦めていない」

「その気持ちは分かるな。痛い程……」



レナもロウガと同様に魔物に大切な存在を奪われた人間であるため、ロウガの諦めきれない気持ちは理解出来た。自分が戦える状態ではなかったとしても、それでも仲間を奪った人間を許せないという気持ちは痛い程に分かる。


逆の立場だったらレナだってロウガのように現状を受け入れられず、復讐を諦めきれずに悶々とした日々を過ごすだろう。実際に村を襲われた時、レナはイチノの街で3年以上もダリルの元で平穏に暮らしていた。だが、片時も村を襲ったゴブリン達の復讐を諦めず、平和な日常を送っても復讐心が消える事はなかった。


ロウガの感じる幻肢痛は彼の心の痛みを現しており、ロウガの言葉通りにゴブリンキングを打倒さない限りは彼の足の痛みが消える事はないだろう。その事を考えるとレナはロウガの事を他人だと思う事が出来ず、力になりたいとは思った。それはナオも同じらしく、彼女は何かを決意した様に振り返る。



「皆……その、僕はロウガさんの助けになりたいと思う」

「助けになりたい?それって……まさか、あたし達でロウガのおっちゃんの仇のゴブリンキングを倒したいという事か?」

「ええっ!?ナオ、本気ですの?」

「ナオ君はロウガさんの仲間の仇を討ちたいの?」

「仇を討ちたいというより、今のロウガさんは見ていられないという気持ちがあります」



ナオは憧れを抱いていた相手の落ち込み様を見て我慢出来ず、どうにか彼には立ち直って欲しいと考えた。だが、そのためには大迷宮に潜むゴブリンキングを倒すしかなく、残念ながらナオ一人の力では到底不可能だった。


ゴブリンキングの強さはイチノでの戦闘で思い知っており、あの時はレナ達の力を合わせたからこそ勝利を掴めた。もしも仮にナオが一人で挑んでいたとしても殺されていただろう。だが、それでも彼女はロウガを放ってはおけなかった。



「無茶を言っている事は分かってます……だけど、ロウガさんを救うためにはゴブリンキングに挑むしかないと思うんだ。だから、どうか皆の力を貸してください!!」

「ナオ……」

「ナオ君」

「ナオの姉ちゃん……」



ナオが全員に頭を下げると、最初に反応したのは彼女の親友であるドリスであり、ため息を吐きながらドリスは肩をすくめる。



「仕方ありませんわね、親友の頼みなら断り切れませんわ。ナオの願いなら私が断れるはずがありませんわ」

「ドリス……!!」

「あたしもいいぜ、これからあの狼のおっさんにも世話になるんだし、ゴブリンキングぐらいぶっ倒してやる!!」

「ナオ君たちだけ危険な目に遭わせられないよ!!それに友達なら困った時は力を貸すのが当然だしね!!」

「コネコちゃん、ミナさん……」

「俺も問題ないよ。一緒に頑張ろう、ナオ君」

「れ、レナさん……ありがとうございます」



皆の返事を聞いてナオは安心した表情を浮かべるが、ゴブリンキングと戦う以上は5人だけでは心もとなく、デブリとシノの力も必要だと思ったレナは二人を誘う事を提案する。

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