第411話 回想――ゴブリンの王の誕生

『グギャアアアアアッ!!』

『っ――!?』



ゴブリンキングの咆哮は敵味方関係なく周囲に存在する生物を震えあがらせ、味方であるはずのホブゴブリンでさえも恐怖の表情に染まる。このゴブリンキングこそが自分達の「主人」である事は理解しているが、ホブゴブリンがゴブリンキングに従うのは忠誠心ではなく、恐怖からであった。




――時は30年以上も前に遡り、ある一匹のゴブリンが誕生した。そのゴブリンは非常に知恵が回り、幼少期から既に成人した人間と変らない程度の知能を身に着けていた。そのゴブリンこそが先ほどシノが切り伏せた老齢のホブゴブリンである。




な生まれのせいか知能が高かった事からゴブリンは他のゴブリン達からも一目を置かれ、群れのリーダーとして活躍していた。罠を作り出しては他の魔物を嵌めたり、武器を作り出しては仲間と共に自分達よりも強い存在に立ち向かう。正にゴブリンにとっては英雄のような存在と言えた。


しかし、知能が高すぎるが故にゴブリンは自分達の種族の力の弱さを理解していた。いくら武器を作り出したり、罠を用意しても倒す事が出来るのは自分達とそれほど力の差がない魔物程度であると理解したのは「赤毛熊」と初めて遭遇したときだった。


赤毛熊が住処に入り込んだ時、ゴブリンは真っ先に自分達では敵わない存在と理解して逃げ出す。だが、仲間達は縄張りに入り込んだ赤毛熊に立ち向かい、自分達の住処を守ろうとした。しかし、リーダーであるゴブリンが逃げ出し、更に用意していた武器も罠も赤毛熊には通じず、結局は皆殺しにされてしまう。


たった1匹だけ生き残ったゴブリンはここで理解する。それはいくら知恵があろうと自分達がゴブリンという弱小種族である限りは他の魔物に怯え続けながら生き続けなければならない事を――頭が良すぎるだけにゴブリンは自分達の非力さを思い知る。





――20年近くの月日が経過した頃、皮肉にも群れのリーダーを勤めていた事でゴブリンは他の魔物を喰らい続け、そのお陰で「ホブゴブリン」へと進化していた。しかし、いくら力が強くなろうとゴブリンという種である事に変わりはなく、その力は赤毛熊どころかボアにも及ばない。しかし、ある時にホブゴブリンは驚くべき光景を目にした。




とある山奥の中でホブゴブリンは1匹のゴブリンの子供と遭遇し、そのゴブリンは驚くべき事にファングの死骸に食らいついていた。ファングはゴブリンよりも危険な存在であり、しかも力の弱い子供がファングの死骸を喰らいついていた事にホブゴブリンは動揺を隠せない。


様子を伺ったところ、どうやらゴブリンの子供は日常的にファングを餌として殺害しているらしく、その身体にはファングから抜き取った牙を紐に括りつけて身に着けていた。その子供のゴブリンに興味を抱いたホブゴブリンは観察すると、死骸の臭いに釣られて数体のファングが出現する。



『ガアアアッ!!』

『ギィイイイッ!!』



数体のファングが子供のゴブリンに襲いかかるが、ゴブリンは殺したファングから抜き取った牙を両手に握り締めて飛び掛かり、適格に最初に近付いてきたファングの眼球を狙う。頭を使ってファングの急所に狙いを定めたというよりは、まるで戦闘本能に従って敵の急所を狙うような動きだった。


しかもゴブリンは猿の様に器用に木々の上を飛び回り、追い詰められそうになったら近くの樹木の枝に飛び移って身体を休める。愚かなファング達はゴブリンが木の上に逃げ込むと何も出来ず、やがて体力を回復させたゴブリンが再び襲いかかった。この戦法を利用して子供のゴブリンはファングを殺し、糧として生きてきたらしい。


ホブゴブリンは子供のゴブリンの戦闘を見て感動を覚えた。力の弱さに屈せず、自分よりも強い存在に恐れずに立ち向かう強い意志、何よりも本能で敵の弱点を見抜く戦闘力、何もかもがゴブリンという枠を超えた生物に想えた。



『オイ、オマエ……オレトクルカ?』

『ギギィッ?』



その日からホブゴブリンはゴブリンの子供を育て上げ、自分がこれまでに得た知識と経験をゴブリンに教える。将来、必ずこの子供はゴブリンという種族を超えた存在へと変化を果たし、やがて「王」と呼ばれる事になると信じてホブゴブリンはゴブリンの子供を育て上げた。





――それから十年近くの月日が流れ、年老いたホブゴブリンは遂に自分が死ぬ前に自分が拾い上げた子供をホブゴブリン以上の存在へと進化を果たさせる事に成功する。他のゴブリンとは比較にならない体躯、怪力、知能を誇り、正にホブゴブリンが描いていた「王」に相応しいゴブリンと成長を果たす。




歴史上でも数体しか確認されていない「ゴブリンキング」と呼ばれる魔物に進化を果たしたゴブリンの子供は、年老いた父親の願いを叶えるためにこの世界を支配する「人間」に挑む。そのために自分に付き従うゴブリン達に父親から教わった知恵を与え、ホブゴブリンへと進化させて自分の「手駒」へと育て上げると、人間の領地へ侵攻を開始した。




だが、惜しむ事に人間の街を占拠する前に実の父親のように慕っていた老齢のホブゴブリンが死んだ事によってゴブリンキングは慟哭し、同時に父親を死に追いやった人間に対する「復讐心」に支配され、敵も味方もなく暴れ狂う――

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