第410話 解き放たれた化物

「十字斬!!」

「ギィアアアッ!?」

『ッ……!?』



老齢のホブゴブリンの胸元にシノが担当の刃を振り下ろすと、ホブゴブリンは胸元に漢字の「十」を想像させる傷を受ける。妖刀で切り付けられた箇所は火傷と凍傷を負い、年老いて他のホブゴブリンよりも生命力が弱っている個体には耐え切れない一撃だった。


車椅子から落ちたホブゴブリンは助けを求めるように手を伸ばすが、それを見ても他のホブゴブリンは動く事が出来ず、やがて力を失うように倒れ込む。その様子を見て他のホブゴブリン達は膝を崩すと、その場に項垂れてしまう。



「……か、勝ったのか?」

「他のホブゴブリンも戦意を失っていますわ。という事はやはりあのホブゴブリンが親玉だったのでしょうか……」

「やったなレナ……僕達の勝利だ!!」

「…………」



周囲の様子を見てレナは疑問を抱き、確かに皆の言う通りに老齢のホブゴブリンが倒れた事で残されたホブゴブリン達は戦意を失っていた。しかし、よくよく観察すると全てのホブゴブリンが怯えたように震えており、中には頭を抱えて動かない個体も存在した。


ホブゴブリン達の様子を見て明らかに自分達に恐れているのではないと悟ったレナは老齢のホブゴブリンに視線を向けると、死んだと思われていた老齢のホブゴブリンが口元に笑みを浮かべている事に気付く。



「なっ……シノ、そいつに早く止めをっ!!」

「っ!?」



嫌な予感を覚えたレナは老齢のホブゴブリンの元に向かい、シノに止めを刺すように告げる。シノはレナの言葉を聞いてすぐに短刀を構えるが、先に老齢のホブゴブリンが叫び声をあげた。




――ギィエエエエエエッ!!




年老いて弱弱しい恰好をしたホブゴブリンから発せられるとは思えない程の声量の悲鳴が草原に響き、最後の力を振り絞って吐き出した咆哮だったのか、叫び声をあげおえるとホブゴブリンは白目を剥いて絶命してしまう。


最後の最後に悲鳴を上げて絶命した老齢のホブゴブリンの行動にレナ達は呆気に取られるが、次に反応したのは生き残った他のホブゴブリン達だった。彼等はその場にうずくまると嗚咽を漏らし、怯えた様子で動かなくなった。



『グギギッ……!!』



親玉だと思われたホブゴブリンが死んだにも関わらず、戦闘どころか逃走さえも行わないホブゴブリン達の行動にレナ達は戸惑うと、突如として地面に振動が走る。最初は地震かと思われたが、徐々に振動は大きくなっていき、やがて草原におぞましい咆哮が響き渡る。




――グオオオオオオッ……!!




草原内にレナ達が聞いた事もないような生物の咆哮が響くと、突如としてレナ達が存在する場所から数百メートルほど離れた位置に巨大な緑色の物体が姿を現す。その物体は朝日によって照らされると、最初にレナ達が想像したのは「トロール」だった。



「あれは……トロール!?どうしてこんな場所に!?」

「……いや、違う!!あれはトロールじゃない!?」

「まさか……ゴブリン、なのか!?」

『グガァアアアッ!!』



姿を現したのは全身が緑色の皮膚で覆われた巨人であり、体長は7、8メートルは存在した。外見はトロールと似てはいるが、トロールと異なる点は肉体には一切の脂肪が存在しない筋肉質な体型である事、何よりも顔面がゴブリンのように恐ろしい形相をしていた。


姿を現した謎の巨体の魔物を目にして最初に思い浮かんだのは「ゴブリン」の名前であり、信じられない事ではあるが緑色の巨人の正体は超巨大なゴブリンだとしか思えなかった。通常のゴブリンの何倍もの体格と身長を誇り、しかもトロールよりも素早く動く。巨体であるが故に歩幅も大きく、やがて足に力を込めると大きく跳躍を行う。



『グオオッ!!』

「まずい!?皆、離れてっ!!」

「うわぁっ!?」



レナの言葉を聞いて全員がその場を離れると、巨大なゴブリンは地上に落下して激しい土煙を上げながら着地する。その際の衝撃によって怯えていたホブゴブリンの何体かが吹き飛び、絶命した。


緑の巨人としか表現しようのないゴブリンは倒れている老齢のホブゴブリンの元へ近寄ると、震える腕を伸ばして老齢のホブゴブリンを抱きかかえた。そしてゴブリンは目元を潤ませると、やがて怒りの咆哮を放つ。



『オオオオオオッ……!!』

「うあっ!?」

「な、なんて声の大きさだ……!?」



老齢のホブゴブリンの遺体を片腕で抱きかかえたゴブリンは泣き叫ぶだけで地面に振動が走り、やがて泣き終えるとゴブリンは老齢のホブゴブリンをゆっくりと口元に運ぶ。



『アガァッ……!!』

「な、何をっ……!?」

「く、食ったのか!?」



ゴブリンは口元に老齢のホブゴブリンを含むと、そのまま咀嚼して飲み込む。その行為にレナ達は唖然とするが、ゴブリンは血の涙を流しながらも老齢のホブゴブリンを飲み込み、ゆっくりと起き上がる。そして血走った目でレナ達とゴブリンに視線を向けると、怒りの咆哮を放つ。





――この巨大なゴブリンこそ、ホブゴブリン達を統括し、軍勢を築き上げた「ゴブリンキング」と呼ばれるゴブリンの最上位種である事をレナ達は知らない。

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