第397話 対人訓練

「例えば、さっき僕が話した額に傷のあるホブゴブリンに関しても気になる点がある。あの傷持ちのホブゴブリンとは何度か戦っているんだが、最初の頃と比べても明らかに強くなっていた」

「どういう意味だい?」

「最初の頃は見境なく暴れまわっていたけど、何度も戦う内に暴れるのではなく、まるで僕達の戦闘の技術を学ぶように動き始めている気がするんだ。そして今日、僕に深手と呼べるほどの傷を与えるまでに成長している」

「つまりなんだい?あいつらは人間の戦闘術を学んで強くなっているとでもいうのかい?あたし達の武芸を戦って覚えたとでも?」

「いや、それもあるだろうけど……より正確に言うのなら「人間との戦い方」を僕達で学んでいるように思えるんだ」

「人間との戦い方……か」



キニクの言葉にバルは気に入らなそうな表情を浮かべるが、彼の言葉を否定する事は出来なかった。自分達が必死に防衛を行っているにも関わらず、ホブゴブリンの軍勢は自分達を利用して人間の戦闘技術を学び、人間との戦闘法を磨いている。


もしもキニクの予想が正しければ戦闘が長引けば長引くほどにホブゴブリンの軍勢は強化され、より厄介な存在へと変貌するだろう。実際に攻め寄せてくるホブゴブリンの数が減っているにも関わらずにバル達は徐々に追い詰められている辺り、彼等の「訓練」も間もなく終了を迎えようとしているのかもしれない。



「けど、それはあくまでもあんたの予想でしかないんだろう?」

「そうだね、確かに今の話は僕の推論だ。だが、先日の援軍に訪れた騎兵隊の事を覚えているかい?彼等とホブゴブリンの軍勢の戦闘を思い出してくれ」



キニクは20日ほど前にやっと訪れたイチノ地方の領主が送り込んだ援軍の事を思い出す。領主は2000人の騎兵を用意すると、イチノの救援のために向かわせた。戦力に差があるとはいえ、数の上ではホブゴブリンの軍勢を上回っていた兵士の到着にイチノの人間達は喜びに沸き上がり、これで街は救われたと思った。


しかし、その希望は援軍の到着からわずか十数分後に打ち砕かれてしまう。ホブゴブリンの軍勢は500体のホブゴブリンをイチノに攻撃させて援軍と合流できないようにさせ、その間に残りの1000名のホブゴブリンは2000の騎兵と対峙した。


数の上ではホブゴブリンの2倍の兵数を揃えた騎兵たちだったが、ここまでの道中で彼等はイチノの救援のために碌に休みも取らずに強行軍を続けていた。そのせいで疲労が蓄積し、更にホブゴブリンの罠に嵌まってしまう。


ホブゴブリンの軍勢は騎兵が現れるのと同時に下がり始め、最初は騎兵達も自分達の存在に恐れたのかと思った。しかし、草原の芝生には事前に打ち込まれた杭に縄が縛り付けられ、そのまま突撃を仕掛けようとした騎兵の馬は縄に足元を奪われて転んでしまう。騎兵の弱点は走り出したら急には止まれず、即座に倒れた馬と兵士に後続の騎兵も倒れてしまう




――その後の出来事は城壁の上から見ていた人間にとっては悪夢のような光景が広がり、ホブゴブリンの軍勢は倒れた騎兵になだれ込むように襲いかかる。結果としては騎兵は半数近くが一気に討ち取られ、残った人間達は戦闘どころではなく退却を開始した。




しかし、退却する兵士達もホブゴブリンは執拗に追撃を行い、ファングに乗り込んだホブゴブリン達が攻撃を仕掛ける。このように騎獣を利用して戦うゴブリンの事は「ゴブリンライダー」と呼ばれ、籠城戦では役には立てないが地上戦においては並の騎兵よりも素早く動き、次々と派遣された兵士達を討ち取っていく。


結果的には戦闘は十数分で終了してしまい、援軍に訪れた騎兵の半数以上が死亡した。残りの騎兵は戦闘どころではなく引き返してしまい、その光景を見ていたイチノの人間達は絶望しか残っていなかった。





「……あの時の戦い方は正に「戦略」だった。援軍が派遣される事を予測し、事前に罠を張っていたとしか思えない。バル、彼等は間違いなく強くなっている」

「……あたし達はどうすればいいのかね。相手がただの人間の悪党だったら、降伏すれば命は助けてくれるかもしれないけどね」

「それは無理な話だよ。いくら知恵を身に着けたと言っても、彼等にとっては僕達は「餌」にしか過ぎない。降伏した所で許されるはずがない」



戦う相手が人間の軍隊ならばともかく、全てが魔物で構成されている軍勢に対して降伏は無意味だった。ホブゴブリンの軍勢にとっては人間など餌にしか過ぎず、実際に過去に降伏を申し出た兵士も存在したが、ホブゴブリンは降伏など聞き入れずに貪り喰らい尽くした。


いくら人間の技術を盗み、知恵を身に着けようとホブゴブリンにとっては人間は敵である事に変わりはない。だからこそ逆に言えばイチノの士気が保たれているのは降伏した所で殺されるのならばせめて最後まで戦い抜こうと考える人間で統一されているからでもあった。

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