第398話 平穏の終わり

「あんたの話が事実だとしたら、あたし等は奴等にとってはただの訓練道具にしか過ぎないのかい」

「そうなるだろうね……だけど、気になる事が少しあるんだ」

「ん?」

「奴等は普段は何を食べているんだろうと思ってね」

「何を食べているって……あっ」



キニクの言葉にバルは呆気に取られるが、すぐに彼の言いたい事を理解した。それはホブゴブリンの軍勢はこの場所に一か月以上も居座っているが、彼等の食糧の供給源が何なのか判明していない。


ホブゴブリンの軍勢は1500、その中にはホブゴブリン以外にも赤毛熊やボアなどの魔物も少なからず存在する。そんな彼等の食糧はいったい何処で手に入れているのかがキニクにとっては気がかりだった。イチノの街の周辺の村は全滅し、村人たちの食糧は奪われたと考えたとしても、人間よりも食欲が旺盛な魔物達が一か月近くも留まる程の食糧を確保していたとは考えにくかった。


しかし、実際にホブゴブリンの軍勢はイチノから離れる様子はなく、特に食糧不足で飢餓状態に陥っている様子はない。


彼等は人間の死体も喰らうため、20日前に訪れた援軍の兵士や馬の死骸を食料としている可能性もある。それでも赤毛熊などの大型の魔獣まで存在する以上、食料の消耗量は激しいはずである。



「そういえば気になるね、あいつらは何処から食料を用意してるんだ?この辺いったいの魔物共を狩りつくして食糧を作ったのかね?」

「……実を言うと、暗殺者の職業の冒険者に偵察を頼んだ事があるんだ。それで彼等からの報告によると、ホブゴブリンが築いた陣に明らかに木箱らしき物が運び込まれていたらしいんだ」

「木箱……?あいつらが用意した代物かい?」

「いや、木箱は明らかに人間に作り出された物だ。気になるのはその木箱に刻まれていた紋章がヒトノ国の紋章ではなく、別の……」

「待ちなっ!!」



キニクが言葉を言い終える前にバルは言葉を遮り、何かを警戒するように地上へと視線を向けた。彼女の反応にキニクも即座に地上へ視線を向けると、今まで気付かなかったが地上の茂みの方で動く気配が存在した。


二人は危機を感じ取ると即座に立ち上がり、バルは大声を放ち、キニクは傍に置かれていた銅鑼を叩きつけて警告を行う。



「敵襲!!敵襲!!」

「全員、目を覚ましなっ!!奴等が来るよ!!」

『グギィイイイッ!!』



二人の大声が城壁に響き渡った瞬間、地上の方から大量のゴブリンの悲鳴が響き渡る。その声を聞いてバルとキニクは歯を食いしばり、遂に「夜間は襲ってこない」という幻想を打ち破り、ホブゴブリンの軍勢は攻撃を仕掛けてきた。



「な、何だ!?」

「敵襲だと!?」

「そんな馬鹿なっ……まだ日も上がってないじゃないか!!」

「いいから準備しろ、早く城壁に移動するんだ!!」



完全に安心して寝入ってしまった兵士と冒険者達は二人の警告を耳にして慌てて起き上がるが、昼間の間に体力を消耗していたせいで彼等の動作は鈍かった。その間にゴブリンが城壁を登り始め、瞬く間に乗り越えてきた。



「ギギィッ!!」

「くそがっ!!少しは休ませなっ!!」

「ふんっ!!」



城壁を登って来たゴブリンに対してバルは蹴り飛ばし、キニクは片手で頭を鷲掴みにして握りつぶす。どうにか城壁に兵士が集まるまでは二人は時間を稼ごうとするが、騒ぎが起きたのは二人が存在する城壁だけではなく、他の城壁の方からもホブゴブリンの軍勢の声が上がる。


どうやら東西南北の城壁からホブゴブリンの軍勢が攻め寄せてきたらしく、遂にこの街を陥落させるために本気で仕掛けてきたらしい。バルとキニクはこの状況下で最悪の一手を繰り出してきたホブゴブリンの軍勢に怒りを抱き、すぐにバルはキニクに指示を出す。



「あんたは自分の持ち場に戻りな!!ここはあたしが抑える!!」

「だけど……」

「いいから行きな!!あたし達が一緒にいると他の城壁が危ないだろうが!!」

「くっ……分かった!!」



次々と城壁をよじ登って侵入してくるゴブリンに対してバルは一人で対応し、キニクはこの場を彼女に任せてすぐに自分が任されている城壁へと向かう。バルは大剣を掲げるとゴブリンを薙ぎ払い、恐らくは自分が今日死ぬことを予測しながらも怒声を放つ。




「あたしの人生もここまでかね……だけど、死ぬときはお前等も道連れだよ!!」

『ギィアアアッ!!』



ゴブリンの大群に対してバルは大剣を振り翳し、全力の一撃を放つ。もう死ぬことを覚悟した彼女は体力の消耗など考えずに全力で剣を振り払い、次々とゴブリンを打倒していく――






――その頃、北側の城壁の見回りを行っていたギルドマスターのキデルも状況を把握し、兵士達を起こして対応を行っていた。彼は長年の冒険者としての知識と経験を活かし、的確な指示を与えて押し寄せるホブゴブリンの軍勢と対峙していた。



「怯むな!!ここで我々が敗北すればお前達の大切な家族も全員失うと思え!!1人で10体のゴブリンを葬る覚悟で戦えっ!!」

『うおおおおっ!!』

『グギィイイイッ!!』



キデルの言葉に冒険者達は沸き上がり、城壁を上り詰めようとするホブゴブリンを押し返す。今まで行われなかった夜襲に対して最初は混乱していた兵士達もキデルの指示の元、士気を取り戻して対応する。

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