イチノ奪還編

第395話 イチノの現状

――ヒトノ国の辺境に存在する「イチノ」地方名と同じ名前を持つ街には連日でホブゴブリンの軍勢が攻め寄せてきた。しかし、残された住民と冒険者達は力を合わせ、必死に防衛を行う。



「バル!!東側の城壁にボアが現れた!!奴等の突進でもう城門が持たない、援軍に向かえっ!!」

「くそっ、こっちだってぎりぎりなんだよ!!南側のキニクに頼みなっ!!」

「既にキニクの方は西側の援護に向かっている!!今度は「ゴブリンライダー」が現れて城壁を乗り越えようとしている!!」

「ちくしょうっ!!分かったよ、ここはギルドマスターに指揮を任せる!!」



北側の城壁の守護を任されていたバルは東側の守護を行っていた兵士の救援に従い、急いで城壁を移動して東側の城壁の援軍に向かう。だが、北川の城壁でもあちこちから地上から梯子を掛けたホブゴブリンの集団が押し寄せ、必死に兵士と冒険者達が対応する事態に陥っていた。



「グギィイイッ!!」

「く、くそっ!!こいつら、なんて硬さだ!?刃が通じねえっ!!」

「どけ、煮え湯を浴びせて落とすんだ!!」

「やばい、1匹に城壁に登り込まれた!?」



兵士達は必死にホブゴブリンに剣や槍を放つが、並みのゴブリンよりも力も知恵も強く、更に鉄のような頑丈な皮膚を持つホブゴブリンが相手では普通の兵士では分が悪かった。彼等も訓練を受けて鍛えあげられた兵士ではあるが、やはり冒険者と比べると魔物との実戦経験が少な過ぎる。


バルは城壁に上り詰めたホブゴブリンを発見すると、大剣を振り翳してすれ違いざまに刃を振り抜く。しかし、バルの大振りの攻撃を予測していたかのようにホブゴブリンは背中に抱えていた盾を両手で構えた。




「おらぁっ!!」

「ギギィッ!!」

「何っ!?」



ゴブリンは盾で彼女の一撃を受け止めると、それを見たバルは驚くが、ホブゴブリンは笑みを浮かべて彼女を小馬鹿にしたような態度を取った。



「ギギギッ……!!」

「何だい、その顔は……その程度であたしの攻撃を耐え切れると思ってんのかい!!」

「ギィアッ!?」



盾に大剣を押し当てた状態でバルは力を込めると、そのまま盾ごとホブゴブリンの身体を吹き飛ばし、地上にまで突き落とす。ホブゴブリンは悲鳴を上げて落ちていく姿を見てバルは鼻を鳴らすが、同時に冷や汗を流す。



(こいつら……間違いなく日に日に強くなってやがる。あたしの攻撃をただのゴブリンが止めるなんて……いや、あたし自身もかなり疲れているだけか。あんな盾を一撃で壊せないなんて……)



既に一か月以上も戦い続けた影響で誰もが疲労を蓄積しており、しかも街に備蓄していた食料に関しても底を尽き欠けていた。恐らく、節約したとしてもあと数日中には食料は完全に底を尽きるだろう。


ホブゴブリンの軍勢が押し寄せてから大勢の兵士や冒険者が負傷し、現在では人手が足りなくて守るべきはずの民衆にすら力を貸して貰っている。若い男達は兵士のために戦い、女達は食事の準備を行う。戦力にはなれない老人や子供達さえも城壁の修繕のために街中の建物を解体して手に入れた材料を荷車に積んで力を合わせて運び込む。


当初は数日で陥落すると思われたイチノではあったが、民衆の手伝いもあって冒険者達も底力を見せつけ、一か月以上も耐え切っていた。しかし、既にイチノの周辺に存在する村は全滅し、援軍として派遣されたイチノ地方の領主の兵士達も返り討ちにあっていた。



「おらぁっ!!バル様の到着だよ、あんたら気張りなっ!!」

「おおっ!!バルだ、バルが来たぞっ!!」

「くそ、遅いんだよ!!もっと早く来いよ馬鹿野郎!!」

「よし、反撃だぁっ!!」



しかし、それでも誰もが絶望的な状況でありながら屈せず、最後まで抵抗を行う。バルは城壁から飛び降りると、地上に存在するボアの集団に切り込む。



「うらぁあああっ!!かかってこい雑魚どもっ!!」

「フゴォオオオッ!!」



迫りくるボアに向けてバルは既に罅割れを引き起こしている大剣を振り翳し、刃を叩きつけた――






――その日の晩、夜を迎えるとホブゴブリンの軍勢は攻撃を中断させ、陣内へと引き返す。その様子を確認したバルは頭から血を流しながらも起き上がり、城壁へと向かう。結局は討ち取れたボアの数は2体に留まり、後は十数匹のホブゴブリンを蹴散らしたが、彼女も負傷した。



「バルさん!!無事ですか!?」

「大丈夫だよ……よし、今の内に城門を開いてボアを運び込みな!!貴重な食糧だよ!!」

「はい!!」

「うおおおおっ!!肉だ、一週間ぶりの肉だっ!!」

「急いで城門を開けっ!!」



冒険者達がボアの死骸に殺到すると、急いで縄で縛りつけて城壁内へと運び込む。その様子を見てバルは呆れた表情を浮かべるが、彼等の気持ちはよく分かった。最近は殆どお湯のようなお粥程度しか口にしておらず、久々に肉に喜ばないはずがない。



「バルさん、その……すいません。もう回復薬は切れてしまって」

「ちっ……薬草の粉末かい。もうこんな物しかないんだね」

「それと、包帯の方もこれが最後です」



申し訳なさそうな表情を浮かべた衛生兵がバルの傷口に薬草の粉末を塗り込み、包帯を巻く。既に医薬品も底を尽き欠けており、我儘をいっていられない状況だった。

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