第375話 激怒

「とはいえ、イチノの件に関しても放置する事も出来ん。ホブゴブリンの軍勢を放置すればイチノだけではなく、他の街も危険に晒されてしまうのは間違いない……だが、現在の状況で王都の軍勢は動かす事が出来んのも事実」

「うむ、移動距離と手段を考えても竜騎士隊を派遣するのが一番なのだろうが、火竜がいつ王都を襲ってくるかも分からない以上、竜騎士隊は動かす事は出来ん。そもそも大将軍のカインが納得せんだろう」

「どうにか出来ないんですか!?大魔導士なら、転移魔法も扱えるんじゃ……」

「落ち着かんか坊主!!さっきも言ったように転移魔法は一度訪れた場所にしか移動は出来ん!!それに距離が離れすぎた場所に転移するだけでも相当な魔力を消耗するんじゃ!!大魔導士だからといって決して万能ではないのだぞ!!」

「くっ……」



サブに叱りつけられたレナは黙り込み、確かにサブの言葉は正論だった。しかし、竜騎士隊が動けない以上はもうイチノへ援軍を送り込む方法はなく、このままではイチノが陥落してしまう可能性が高い。下手をしたら既に街が落とされているかもしれない、そう考えるとレナは落ち着けるはずがなかった。


レナ以外の3人もイチノの件を放置するわけにはいけない事は分かっていた。しかし、現在の王都は援軍を派遣する余裕がない。マドウとしてもレナとの約束がある以上は力になりたいが、名案が思いつかない。



(竜騎士隊を動かせぬ以上、イチノに辿り着くまでの移動手段がないのは厳しい……しかし、こんな子供に故郷を諦めろという事しか出来ないのか)



マドウとしてもレナの願いは聞き入れたい所だが、現状では何もできない事にもどかしい思いを抱く。そんな彼にサブは視線を向け、仕方なくマドウが口に出来ない事を告げる。



「坊主よ……悔しいかもしれないが、イチノの街の事は諦めるしかないのう。故郷を失うのは辛い事かもしれんが、はっきり言ってどうしようも出来んのじゃ」

「っ……!!」

「サブ魔導士、それは……」

「ジオ将軍、お主も分かってはいるだろう?辛いかもしれんが、どんなに頑張ってもどうしようもない事もある」



遠まわしに自分達は力になれない事を告げたサブにレナは目を見開き、マドウとジオも黙り込む。別にサブもレナを嫌っての言葉ではなく、現時点では王都はイチノを救い出す戦力を派遣する余裕がなかった。


だが、レナとしては納得できるはずがない。今もイチノの街の人間がホブゴブリンの軍勢に苦しめれているのかもしれないのに、諦めろと言われて諦めきれるはずがなかった。だからこそ、レナは一人でも街へ戻る事を決意した。



「学園長……今までお世話になりました」

「……1人で行くつもりか?」

「はい、もうここにはいられません」

「なっ!?待て、落ち着くんだレナ君!!」

「死にに行くような物だぞ!?」

「それでも行くんだよっ!!」



レナの言葉にジオとサブは引き留めようとするが、レナは彼等に怒鳴りつける。その尋常ではない気迫に3人は圧倒され、レナは涙を流しながら立ち上がる。




――昔、村が襲われた時にレナは何も出来ずに逃げる事しか出来なかった。だが、今は違う。子供の頃と比べて力を身に着けた今のレナならばホブゴブリンの軍勢であろうと戦える力を持っていた。だからこそ、自分一人だけでもイチノに戻り、街の人間と共に戦いたいと思った。




仮にレナ一人が戻ったとしても戦局に大きな変化はなく、恐らくは滅びゆく街と運命を共にする結果になるだろう。しかし、それでもレナは見捨てる事が出来なかった。もう二度と大切な人は失いたくはない、だからこそ命を失う事が分かっても街に戻る決意をした。



「マドウ学園長、今までお世話になりました」

「本気、か?」

「はい」



マドウはレナの言葉を聞いて険しい表情を浮かべるが、引き止める真似はしなかった。そんな彼を見てレナは頭を下げると、そのまま立ち去ろうとした。しかし、その寸前でサブがレナの前に立ちはだかる。



「待て……坊主よ、ここまで言っても分からんのか。お主は今から死にに行くような物だぞ?」

「退いてください、俺はもう決めたんです」

「この愚か者め!!大魔導士の気持ちも考えろ!!自分の教え子が死に行く気持ちを分かるのか!?」

「マドウ学園長にはお世話になりました。だけど、今は優先すべき事はイチノの街で苦しんでいる人たちじゃないんですか!?あそこには俺が世話になった人たちがたくさんいる!!そんな人たちが危険に晒されているのに黙って放っておけというんですか!?」

「どうしようも出来んのじゃ……長居人生で諦めるしかない時もある。受け入れよ!!」

「嫌だ!!俺は行きます!!」

「この……分からず屋め!!」

「サブ、止めよっ!?」



サブは魔剣を取り出すとレナに向けて構え、そんな彼の行動を見てレナは咄嗟に両腕を交差して身を防ごうとしたが、次の瞬間に強烈な衝撃が身体に襲いかかる。



「サンダーボルト!!」

「っ――!?」



強烈な閃光と共にレナの身体に雷撃が迸り、そのまま壁際まで吹き飛ばされたレナは意識を失ってしまう――

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