第373話 火竜

――竜種の中でも「火竜」は最も知名度が高く、同時に人々から恐れられる存在だった。竜種には様々な種類が存在するが、この火竜は歴史上最も多くの人的被害を出している存在であり、これまでの歴史の被害者の数は1000万人はくだらないと伝えられていた。


火竜は基本的には火山地帯にしか生息せず、火山から誕生する火属性の魔力を帯びた鉱石を主食としている。そのために火竜は体内に火属性の魔力を宿し、岩をも溶かす強烈な「炎の吐息ブレス」を吐き出す能力を持つ。


火竜の性格は非情に獰猛で同種以外の存在が縄張りに入り込むと、例え小動物であろうと許さずに殲滅する。良質な火属性の魔石の原石を得るために入り込んだ人間も多くが火竜の餌食に遭い、過去に軍隊を派遣して討伐を試みようとする国もあった。


しかし、火竜の戦闘力は1万人の兵士さえも1人残らずに殲滅するほどの力を誇る。火竜から見ればボアや赤毛熊程度の猛獣だろうと小動物と同程度の存在でしかなく、仮にミノタウロスやブロックゴーレムであろうと火竜の敵ではない。


この火竜の最も厄介な性質は火山地帯の火属性の鉱石を食い尽くしたり、あるいは火山の噴火が起きた場合、縄張りを捨てて別の土地へ移動する。場合によっては数千キロ離れた場所に住処を移す事もあり、その道中で火竜は数多くの生物を大量に食らう。


過去に火竜は新たな縄張りを探す際にいくつもの人間の都市を破壊したという事実もあり、道中で遭遇する全ての生物は火竜にとっては「捕食」の対象に過ぎない。




「……火竜の姿が発見されたという報告は届いてはいないが、間違いなく火竜が残したと思われる痕跡が発見されたようなんだ。偵察を行っていた竜騎士によると北部に存在する岩山の1つが一夜にして高熱に溶かされたように変形していたらしい。そして帝国の領地内ではないが、北部に存在する火山が最近噴火活動を行ったという情報も届いているんだ」

「そんな……」

「もしも火竜が本当に現れたとしたら、縄張りを移すために既に行動を開始しているのなら非情に不味い事態に陥る。この帝国領地に存在する火山の数は少ない、そのために火竜が火山地帯に訪れるまでにどれだけの村や街が被害を負うかも分からない。最悪の場合、この王都にまで火竜が押し寄せる可能性だってあるんだ」

「王都に火竜がっ……!?」

「ああ、だからこそ竜騎士隊は即座に王都の防衛のために鉱山を放置し、ここへ戻って来たんだ。もうすぐ、王都内に残っていた軍人と大臣が全員呼び出されて会議が行われる。きっと、マドウ大魔導士も参加されるだろうから詳しい話は大魔導士に聞いた方が良い。じゃあ、僕は行くよ」



アルトは火竜が帝国領地内に侵入した可能性が高い事を伝えると、兵士を連れて彼も会議に参加するために向かう。盗賊ギルドの比ではない程の緊急事態のため、城内では忙しなく兵士が動き回り、その様子を見たレナは大きな不安を抱く。


現在の王都の誰もが帝国領内に入り込んだ「火竜」に注目しており、その事がレナを無償に不安に陥らせた――





――レナが兵士に案内された部屋に辿り着き、どうやら城内に存在する客室の一つに連れてこられたらしく、中に人はいなかった。案内役の兵士も立ち去った後、部屋の中に残されたレナは窓の様子を眺める。既に部屋に移動してから1時間近くは経過しているが、未だに誰かが訪れる様子はない。


時刻は深夜ではあるが窓の外から見える王城の景色はあちこちで兵士達が動き回り、城全体に灯りが点いていた。聞き耳を立てれば部屋の外の通路でも忙しなく動き回る足音が耳に入り、レナはため息を吐きながらソファに座り込む。



「どうしてこんな事に……」



火竜が現れたせいで王城の人間全員が慌てふためき、恐らくは王都の方でも似たような状況に陥っているだろう。火竜がもしも帝国領内に侵入していた場合、冗談抜きで国家存亡の危機だった。


レナはため息を吐きながらも天井を見上げると、そこには天井に張り付く人物がいる事に気付き、危うくソファから転げ落ちそうになった。



「し、シノッ!?」

「……見つかった。完璧に隠れていたつもりなのに」

「いや、何してるのそんな所で!?」



天井に張り付いているシノを見てレナは動揺を隠せず、慌てて立ち上がって降りるように促す。シノは音もなく着地すると、レナに向けて親指を立てる。



「心配だから付いてきた」

「付いてきたって……ここ、城の中だよ!?どうやって入って来たの!?」

「こういう状況だと入るのは容易い」



シノは背中に抱えていた小包を下ろすと、中身を開いて見せつける。そこには何処から拝借してきたのか兵士の物と思われる装備品が置かれており、どうやら彼女はこれを利用して兵士に変装し、城内に忍び込んだという。シノの行動にレナは呆れる一方、自分を心配して付いてきてくれた事に少し嬉しく思う。


だが、この状況でシノが存在するのは非情に不味く、マドウが現れる前に彼女に早急に立ち去るようにレナは促そうとしたが、先に扉がノックされた。

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