第371話 ドリスの飛行魔法

今回レナ達が乗り込んだ馬車は荷物の運搬用のための馬車であり、後方の様子を確認する事が出来た。そして一番後ろで外の様子を眺めていたデブリが後方から接近する存在を発見し、全員が振り返るとそこには予想外の光景が広がっていた。



「ん?ちょっと待って……なんだあれ!?」

「どうした!?」

「いや、なんか馬車の後ろから何かが近づいて……」

「そ、そこの馬車!!退いてくださいましぃっ!?」

『ドリス(さん・姉ちゃん)!?』



馬車の後方から接近してきたのは巨大な「氷塊」にしがみついたドリスだった。彼女は涙目で氷塊から引き剥がされないようにしがみつき、そのままレナ達の馬車に突っ込む。



「きゃあああっ!?」

「危ないっ!?」

「うおおっ!?」



咄嗟に馬車の後方から飛び込んできた氷塊に対してレナとデブリは二人がかりで受け止める。デブリの怪力と付与魔法を発動させたレナだからこそ氷塊を抑える事に成功したが、その際にドリスは氷塊から引き剥がされて倒れ込む。


かなりの速度で飛び込んできたので氷塊に乗り込んでいたドリスも無事では済まなかったが、幸いにも大きな怪我はなく、せいぜい身体が擦りむいた程度らしい。



「あうちっ!?」

「ど、ドリスの姉ちゃん!?いったい何処から現れたんだ!?」

「というか、この氷って……まさか、ドリスさんの作った初級魔法?」



デブリとレナが受け止めた氷塊はドリスが倒れた瞬間に消失し、彼女の魔法で作り出された氷塊だと判明する。ドリスは腕を抑えながらもナオの手を借りて立ち上がり、顔色を青くしながらも説明する。



「も、申し訳ありませんわ……実は私、レナさんが付与魔法で空を飛べると知ってからずっと憧れてましたの。ですので初級魔法の氷塊を上手く応用して、空を飛ぶ練習をしていたのです。誰にも迷惑をかけないように夜の間だけ訓練していたのですが……」

「お前、そんな事してたのか!?」

「確かに空を飛んでたように見えたけど……」

「それでどうしてあたしたちの馬車に突っ込む事になるんだよ!?」

「いえ、実はまだ操作が完璧には出来なくて……でも、もう少し練習すればきっと乗りこなせるようになりますわ!!……多分」

「最後の一言で凄く不安になったよドリス……」

「でも、どうしてわざわざこんな時間に?」



ドリスによるとレナ達の馬車に突っ込んだのは只の事故だったらしく、氷塊の魔法の応用して空を飛ぶ訓練に励んでいる最中、偶然にもレナ達と遭遇したという。


魔法の練習中という言葉にレナ達は納得しかけたが、それならばどうして昼間に行わずにこんな夜更けにこっそりと練習していたのか気になったレナは質問すると、ハンカチで鼻を抑えながらもドリスはどうしてこんな夜更けにレナ達が集まっているのかを尋ねた。



「そういえば皆さんもどうしてこんな時間帯に馬車に乗ってるんですの?ナオまで一緒なんて……」

「それを説明すると少し長くなるんだけど……」

「ああ、その前にドリスの姉ちゃん!!あたし達、対抗戦で勝ったぜ!!」

「ええ、教室で見てましたわ。魔法科の生徒の皆さんも喜んでいましたわ!!まあ、皆さんが勝つとは信じてましたけど……ミナさんは惜しかったですわね」

「ミナの姉ちゃんは……うん、まあ仕方ないよ。相手が悪かったんだ」

「そ、そうだな……」

「あの衝撃な姿は忘れられない」



ミナだけは引き分けという形で対抗戦は終わってしまったが、彼女が相手をしたヒリンの姿を思い出すだけで誰も何も言えない。正直に言えばヒリンを相手にしていれば他の人間でも勝ち目があったのかは分からなかった。彼女(?)の場合は強さだけではなく、その衝撃的な外見だけで戦う相手は戸惑い、実力を発揮できない節もあるが。


魔法科の生徒も対抗戦で騎士科のレナ達が勝利した事は喜ぶ人間も多く、今回の一件で騎士科と魔法科の生徒のわだかまりも解消されるかもしれない。だが、一方でドリスはサブの弟子達に対しては色々と思うところがあるらしく、彼女は悔し気な表情を浮かべた。



「それにしても試合で拝見させてもらいましたが、やはりサブ魔導士のお弟子さん達は只者ではありませんでしたわね。残念ですけど、今の私ではあの方たちに勝てる気がしませんわ」

「え?そうか?ドリスの姉ちゃんなら案外勝てるんじゃないのか?」

「確かに戦略を練れば勝てる相手はいるかもしれません。ですけど、レナさんと戦ったヘンリーさんや私と同じ初級魔術師のブランさんには残念ですけど今は御二人の方が私よりも魔術師の腕は上だと思います」

「ドリス、謙遜する事はないよ。あのブランという男に君は負けてなんかいない」

「いいえ、試合で勝ったとしてもあれが実戦ならば私の敗北です。悔しいですが、彼の扱う黒炎には今の所は私の魔法では太刀打ちは出来ません……しかし、このまま引きさがる私ではありませんわ!!もっと修行を積み重ね、必ずやあの5人を超えて見せます!!」

「ドリスさん……」



先日にブランとの試合で深手を負わされて気落ちしていたドリスではあるが、現在は完全に立ち直り、今以上に初級魔法の訓練に励んでいるという。先ほどは氷塊を利用した飛行に関しても別に遊び半分でしていたわけではなく、彼女なりに真面目に考えて取り組んでいたのだろう。


ドリスが想っていたよりも元気だったことにレナ達は安心する一方、話している間にもジオの屋敷の前に馬車が辿り着いたらしく、既に出入口の方では見知った顔が待ち構えていた。

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