第370話 眠れない

――その日の晩、レナは自分の部屋の窓を眺めていた。既に時刻は夜更けを迎えているが、どうしてもイチノの街の事を思うと眠る事が出来ない。


机の上にはもう何十回も確認を行った出発用する際に荷物は整っており、後はマドウからの報告を待つだけだった。



「……兄ちゃん、まだ起きてたのか。早く寝ろよ」

「コネコ……ごめん、起こした?」

「いや、別にそれはいいけどさ……兄ちゃんが心配するのは分かるけど、ずっと起きてても仕方ないだろ?今は身体を休ませろよ」



レナのベッドで横になっていたコネコが話しかけ、彼女はレナの事を心配して部屋に泊まりに来ていた。そんなコネコに対してレナは苦笑いを浮かべ、確かにこんな夜にマドウからの連絡が届くとは思えない。


竜騎士隊と呼ばれる部隊を指揮している大将軍のカインは王都から離れた鉱山に存在するため、仮に連絡を取るにも時間が掛かるのは仕方がない。そもそも大将軍を動かすとなれば国王に対しても報告などを行わなければならず、いくらマドウがこの国の大魔導士だからといっても軍事を掌握しているわけではない。竜騎士隊を動かすには他の将軍や大臣と話し合いを行わなければならず、時間が掛かるのは仕方がない事だった。


だが、こうしている間にもレナはイチノの街がホブゴブリンの軍勢によって壊滅させられたのではないかと不安を抱かずにはいられない。


正直に言えば自分一人でもイチノに向かいたいという思いはあるが、相手はただの魔物の集団ではなく、軍勢である。いくらレナが強くなったと言っても一人で軍勢に立ち向かえるはずがなかった。



(師匠、キニクさん、イリナさん……くそっ!!)



街で世話になった人たちの事を思い出し、無意識にレナは壁に拳を叩き込む。そんなレナの様子を見てコネコは心配そうな表情を浮かべるが、今のレナにどんな声を掛ければいいのか分からずに黙り込む。


他の仲間達もレナの事を心配しており、全員がダリルの屋敷に宿泊していた。今は別の部屋で寝泊まりしているが、もしもレナが先走って一人で街に向かわないように闘拳などの武器の類は全て没収していた。



(兄ちゃんも辛いだろうな……けど、どうしようもないよ)



コネコもレナの気持ちは分かるが、この状況下では何もすることが出来ない。今はマドウの事を信じて彼に託すしかなく、レナに身体を休ませようとコネコは起き上がった時、不意に彼女は違和感を感じとる。



「あれ?兄ちゃん、何か聞こえないか?」

「え?」

「なんか、鳴き声というか……」

「……鳴き声?」



レナはコネコの言葉を聞いて窓の外に視線を向けると、試しに窓を開く。するとレナの耳にも微かに動物の鳴き声のような音が耳に入り、徐々に音が大きくなっていく。やがて月の光に照らされて遥か上空から接近する複数の生物の影を確認した。


影の正体は背中に翼を生やした巨大な蜥蜴のような生物が滑降し、そのまま王都の上空を移動して王城の方角へ向かう。異変に気付いたのはレナ達だけではなく、他の建物の住民を目を覚まし、何事かと窓から顔を出す。



「な、何だ!?魔物が現れたのか!?」

「おい、見ろよあれ!!」

「りゅ、竜騎士隊だ!!竜騎士隊が王都へ戻って来たぞぉっ!!」

「あれが……竜騎士!?」

「すっげぇっ!!何だよあれ!?」



近所の住民の言葉にレナは驚き、コネコは目を輝かせて王城の方角へ移動する「飛竜」を見て興奮を隠せない。いったい何が起きたのか理解するのに時間は掛かったが、レナは竜騎士隊が王都へ訪れた事を理解すると、すぐに他の皆を起こすように促す。



「俺達も王城へ行こう!!きっと、マドウさんとミナが竜騎士隊を呼び寄せてくれたんだ!!」

「わ、分かった!!おい、皆起きろぉおおっ!!」



レナの言葉にコネコは即座に家の中を駆け巡り、眠っていた全員を起こして王城へ向かう事を告げる――






――屋敷の人間を起こした後、レナ達は真っ先に王城へ向かうのではなく、まずはミナと合流するためにジオの屋敷へと向かう。馬車を走らせてミナが彼の屋敷に戻って来たのかを確かめるため、ダリルは御者を急かす。



「おい、もっと早く走れないのか!?」

「無茶言わないでくださいよ!!こんな時間なのに街道に人が集まってきてるんです!!いったい何があったのか……」

「さっきの竜騎士隊のせいで王都の住民も目を覚ましたようですね……いったいなにがあったんでしょう」

「ふぁあっ……全く、人が良い夢を見てるときに起こしやがって……」

「私は訓練しているから1日ぐらいは寝なくても平気」

「こういう時はシノの姉ちゃんが羨ましいな……」

「ミナ、戻ってると良いけど……」



馬車の中でレナ達は街道の様子を調べると、先ほど竜騎士隊が戻って来たという事実は街中の人間に知れ渡っているらしく、人々は何が起きたのか戸惑っている様子だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る