第367話 マドウとの約束

魔法学園の校舎が見えてくると、レナは真っ先に学園長室へと繋がる窓に向かい、中の様子を伺う。すると、運が良い事に椅子に座る人物の姿を発見してレナは声を掛けた。



「学園長!!」

『ぬっ……!?まさか、レナ君か?』



マドウは驚いて振り返ると、彼は窓を開いてレナを中へと招く。いきなり自分の元に現れたレナに彼は戸惑うが、そんなマドウにレナは縋りつく。



「学園長!!お願いします、助けてください!!」

「きゅ、急にどうしたんじゃ?」

「これこれ、まずは落ち着かんか」



部屋の中にはマドウだけではなく、サブの姿も存在した。どうやら二人で何事かを話し合っていたようだが、今はそんな事を気にかける暇もなくレナは事情を説明した。



「イチノの街が……俺の暮らしていた街がホブゴブリンの襲撃を受けたんです!!」

「ホブゴブリン?イチノだと?まさか……」

「……詳しく話せ、いったいなにが起きたというのだ?」



マドウはレナを落ち着かせると、椅子に座らせて何事が起きたのかを尋ね、事情を問い質す。レナは順を追ってゴイルから聞いた話を全て語り終えると、マドウとサブは厳しい表情を浮かべる。


イチノの街がホブゴブリンの大群に襲われているという報告は王都の方にも届いていたらしく、マドウは一枚の羊皮紙を取り出す。そこにはイチノに出現したホブゴブリンの討伐要請が記されており、最早地方の領主の管理する兵士だけでは手に負えない状態だった。



「ホブゴブリンが軍勢を作り上げて襲ってきたか……しかし、どうして魔物がそんな行動を取るのか気になる所ではありますな」

「いや、過去にホブゴブリンが徒党を組んで村を襲い、占拠したという話はある。だが、今回の場合は規模が桁違いに大きい……正直に言えば信じられんな」

「でも、本当の事なんです!!どうか力を貸してください!!」

「まあ、落ち着け。お主の気持ちはよく分かるが……」



レナに助けを求められたマドウは難しい表情を浮かべ、今回のホブゴブリンの軍勢の一件はヒトノ国としても放置はできない問題だった。かつてレナが暮らしていた村が襲われた際、襲撃したゴブリンの討伐を行わなかった時とは状況が大きく異なる。


イチノは帝国の辺境の土地に存在し、獣人国との領地の境目に存在する。そのために大軍を送り込めば獣人国側は自分達の領地を奪い取るために接近しているのではないかと警戒される恐れがあり、迂闊には軍隊を動かす事はできない。


しかし、今回の場合は自体が大きく違い、いくら辺境の街といえどもイチノには大勢の民衆が暮らし、イチノの周辺に存在する村や他の街も危険な状態に陥っている。こうなると放置する事は出来ず、王国側も軍隊を派遣する必要があった。


レナが暮らしていた村が見捨てられたのは村が税金を納めて居なかった事、レナ以外に住民の生き残りがいない事、獣人王国の領地に最も近い場所に存在したからだが、イチノにはまだ大勢の民衆が立てこもり、周辺の村や街からも警備兵を送り込んでホブゴブリンの軍勢と交戦中なので見捨てる事は出来ない。何よりもマドウはレナとある約束をしていた。




――七影の討伐にレナがマドウから協力を求められた際、彼はマドウに対してある条件を提示した。それは自分がもしも「七影」を討伐する事が出来た場合、この王都から去る時にマドウの命令の下でレナが暮らしていた村を救ってほしいという内容だった。




当時のレナは村の方にホブゴブリンが住み着いている事は知らず、せいぜいゴブリンが住処として暮らしているぐらいしか考えていなかった。なので最初の頃は自分一人で村を取り戻すつもりだったが、万が一の場合を考えて「保険」としてマドウの協力を申し込む。


もしも自分が村を取り返す事に失敗して死亡した場合、マドウの力で村に人材を派遣し、ゴブリンから取り戻して欲しいと頼む。マドウとしてはレナの功績の事を考えれば辺境の小さな村を救う程度の事ならば問題はないと判断し、彼と約束を結ぶ。


これでレナは自分が死んだとしても代わりに他の人間が村を取り返してくれるのであれば心残りはないと考えていた。だが、イチノの街が襲撃を受けたと聞いたレナはバルやキニク達が危険に晒されると知り、一刻も早く彼等を助けに向かいたいと思い、マドウに助けを求める。



「お願いします学園長、どうかイチノを……救ってください!!」

「むうっ……」

「坊主、気持ちは分かるがまずは落ち着け。そして冷静に考えるのだ……この王都からイチノに移動するまでどれほどの時間が掛かると思う?」



国内の中心部に存在する王都と辺境地方のイチノは距離が離れていた。仮に馬車で移動する場合は一か月はかかり、馬を乗り継いで移動したとしても掛かる日数は大差はない。既にホブゴブリンの軍勢がイチノを襲撃してから一か月の時が流れている以上、仮にイチノがまだ籠城を続けていたとしても既に限界は近い。

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