第364話 イチノの危機

――数か月前、ゴイルは王都へレナへの届け物を渡した後、すぐに彼はイチノの街に戻ったという。しかし、その頃からイチノの周辺地域では異変が起きていたという。


最初の異変はゴブリンの急激な増加だった。レナが王都へ向かう前から何故か山間部にしか現れないはずのゴブリンが草原にも侵出し、本来はゴブリンよりも危険度が高いはずのコボルトから生息地域を奪い、草原にも大量のゴブリンが現れるようになった。


だが、それでもゴブリンは知能は高いとはいえ、魔物の中では力は弱く冒険者が出向けばどうにでもなる相手だった。しかし、ゴイルがイチノに戻った時にはゴブリンの被害は激増し、特にイチノに赴く商団が被害が激しかったという。


商業のためにイチノには定期的に商団が訪れるのだが、ゴブリン達は狙ったかのようにイチノに赴く商団に襲いかかり、数の暴力で商団の雇った護衛を殺して荷物を奪う。中には馬車その物を奪うゴブリンもいた。この事態を重く見た冒険者ギルドは冒険者を派遣し、商団の護衛を行わせる。




しかし、ゴイルが帰還してから一か月がたつ頃には冒険者の被害も増加したという。ゴブリン達の中には草原に出向いた人間の装備を奪い、完全武装した個体も現れるようになり、冒険者達に襲いかかったという。これは普通ならば有り得ない出来事であり、魔物を狩猟する事を生業とする冒険者が逆にゴブリンに駆られる事態に陥った。




更に月日が経過するとゴブリンの上位種である「ホブゴブリン」も草原に進出するようになり、しかも集団を組んでイチノに近付こうとする存在を襲う。これによってイチノは完全に孤立してしまい、商団もイチノに近付けなくなったという。


ここで冒険者ギルドは今回のゴブリンの騒動を一般人に発表を行い、何と彼等は恐るべき真実を隠していた事を告白した。




『ホブゴブリンの大群が人間の集落に住み着き、軍隊を作り上げようとしている』




キデルが民衆の前でその言葉を語った時、最初は誰もが冗談だと思った。魔物が軍勢を作り出そうとしているなどあり得ない話だと誰もが信じなかった。


しかし、普段からキデルは冗談の類は一切言わず、彼はその証拠として偵察に向かわせた冒険者の報告を伝える。



『このイチノから数十キロと離れていない山にはかつて人間が暮らしていた村が存在する。その村は数年前に滅ぼされ、現在はホブゴブリンの住処と化してしまった。この村を調べ上げた結果、数百体のホブゴブリンが暮らしている事が判明した』

『数百体……だと!?』

『諸君、冷静に聞いてくれ。ホブゴブリンは通常種のゴブリンよりも知能が高く、力も強い。何よりも魔物にあるまじき行動を平気に行う。奴等は人間の装備を奪うだけではなく、自分達の手で武器を作り出し、戦う準備を進めている』

『そんな馬鹿なっ……なら、早く討伐しろよ!!』

『不可能だ。数百体のホブゴブリンを討伐する戦力はこの街にはない。既に他の街に救援を頼んではいるが……断言しよう、仮に我がギルドの冒険者全員とこの街の警備兵を全員が討伐に向かったとしても敵わない。それほど奴等は恐ろしい存在なのだ』

『そ、そんな……!?』

『それに問題はホブゴブリンだけではない、奴等は他の魔物を拘束しては自分達の戦力に加え、既に数十体のファングを捕まえて騎兵の如く乗りこなしたり、ボアや赤毛熊といった危険種さえも手懐けているという報告が届いた……これはもう、我々ではどうしようも出来ないのだ』



キデルの見解では既にホブゴブリンは「軍勢」といっても過言ではない戦力を揃えているらしく、仮にイチノに暮らす冒険者や兵士、更には民衆を引き連れて戦闘を挑んでも勝てる保証はないという。


これは最早、冒険者や街を守る警備兵がどうにかできる話ではなく、ヒトノ国に軍隊を派遣して対処させるしか方法はない。既にキデルは他の街に救援の使者を送り、更には王都へ向けて事態の報告と軍隊を派遣してもらうように頼んだという。






――だが、そんなキデルの行動を先読みしていたかの如く、イチノから出した使者は全員が目的地へ辿り着く前に殺されてしまう。既にホブゴブリンの軍勢は動き出しており、彼等の次の目的はイチノの街の侵攻だった。





唯一の希望だった他の街からの救援の望みも絶たれた事でイチノの人間に残された手段は街の警備を固め、ホブゴブリンの軍勢を迎え撃つ事しか出来ない。しかし、イチノの街は籠城など経験した事がなく、そもそも敵が他国の軍勢ではなく、魔物のしかも最弱の魔物と呼ばれるゴブリンだった事に街の住民達は戸惑う事しか出来ない。


ゴイルが帰還してから三か月後、遂にホブゴブリンの軍隊が本格的に動き出す。事前の調査を行った冒険者の話では「数百体」だと思われたホブゴブリンだが、実際のホブゴブリンの数は軽く1000を超え、しかも無数の他の魔物を引き連れて草原に進出したという報告が届く。

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