第363話 急変

「その鎖帷子、確か兄ちゃんがここへ来る前から持ってた奴なんだろ?修理できるの?」

「いや……ムクチさんに頼んでみたけど、修理するぐらいなら新しい物を用意した方がいいと言われたよ。何でも今の俺の事を考えるともっと質の高い装備品にした方がいいって……」

「そうだったんだ」



レナは鎖帷子に視線を向け、この王都に赴く前から所有していた品物であり、唯一この鎖帷子だけは未だに使っていた。闘拳も籠手もブーツもムクチが作り出した新しい装備品に切り替わってしまったが、この鎖帷子もそろそろ手放す日が来たのかもしれない。


一応は何度か強化は施されているが、今のレナの成長を考えるとこちらの鎖帷子では装備品としては不安があり、ただでさえもレナの付与魔法は物体に負荷を施すので今後も無理に使い続けた場合、戦闘に大きな支障をきたす可能性が高い



「ムクチさんからは新しい鎖帷子を作ってもいいと言われたけど……そうなると今のこれは処分するしかないって」

「それは仕方ないですね」

「でも、レナ君にとっても思い入れがある物なんでしょ?なら、大切に保管しておけばいいんじゃないの?」

「うん、そうだね……」



レナは鎖帷子を持ち上げると、初めて買った時の事を思い出す。これまでに何度かこの鎖帷子のお陰で命拾いした事もあるため、決して手放す事は出来ない。そしてレナは鎖帷子を購入したイチノの事を思い出す。


イチノから離れてレナが王都へ来てからかなりの月日が流れており、面倒を見てくれたバルやキニク、受付嬢のイリナやギルドマスターのキデルの事を思い浮かべる。この王都から「イチノ」の街まで馬車で移動しても一か月はかかるので気軽に戻る事も出来ず、街に帰還するとしても学園を卒業した後になるだろう。


特に鍛冶師のゴイルにはレナが王都に来たばかりの頃にも世話になっており、彼がいなければダリル商会は倒産の危機を迎えていた。また街に戻る機会があればゴイルには礼を言わなければならないとレナが思った時、唐突に屋敷の玄関の方から騒がしい声が聞こえてきた。



「ちょ、ちょっと!!何なんだあんた!?」

「おい、ここを何処だと思ってるんだ!!」

「いいから退け!!ここにレナが居る事は知ってるんだ!!」



玄関の方角から使用人の声と、何処かで聞き覚えがある野太い声が響き、すぐにレナは声の主に気付いて玄関の方へ向けて駆け出す。



「この声、まさか!?」

「お、おいレナ!?」

「どうしたんだ急に!?」



レナが玄関に向かうと他の者達も続き、結局は全員で玄関へ向かう。レナが辿り着くとそこには使用人達が全身が汚れた小髭族の男性を抑え込んでおり、必死に縄で縛りつけようとしていた。



「こいつ、暴れるんじゃない!!」

「この不審者め!!警備兵に突き出してやる!!」

「馬鹿、止めろ!?俺はここの関係者だと言っているだろうが!!」

「そんな汚い身なりをして何を言ってやがる!!おい、誰か警備兵を呼んで来い!!」

「この、話を聞けと言ってるだろうが!!」

『うわぁっ!?』



抑えつけられていた小髭族の男性は使用人達を力尽くで引き剥がすと、玄関に辿り着いたレナの存在に気付く。レナの方も小髭族の男性を見て驚愕の表情を浮かべ、二人はお互いに近寄ると両手を合わせる。



「ゴイルさん!!」

「おお、レナか!!お前、しばらく見ない間にまたでかくなったな!!」

「えっ!?ゴイルって……」

「ああっ!!あの時のおっさんじゃないか!?」

「本当だ!!ゴイルさんだ!!」

「し、知ってるのか二人とも?」



現れた人物がゴイルだと気づくとダリルとコネコとミナは驚きの声をあげるが、他の者達は初対面なので戸惑いの表情を浮かべる。


レナは久しぶりに再会したゴイルの感激して彼の脇に手を伸ばすと、まるで子供をあやす大人のように軽々と持ち上げて再会を祝う。



「わあっ!!本当に久しぶりですねゴイルさん!!元気にしてました!?」

「お、おう……まあ、元気にしていたといえば元気だがな。それより、早く下ろせ!!恥ずかしいだろうが!!」

「あ、ごめんなさい……それで、今日はどうしたんですか?」



ゴイルを床に降ろすと、レナは今日は何の用があってここへ来たのかを尋ねる。辺境地方で暮らしているゴイルがわざわざ王都まで赴いた理由が気にかかり、単純に顔を見せに来ただけとは思えなかった。


レナの質問にゴイルはしばらくの間は黙り込み、彼は何かを葛藤するように頭を掻きむしるが、やがて意を決した様に告げた。



「レナ、落ち着いて聞けよ……お前が暮らしていた村が、いや……イチノの街が危機に晒されてるんだ」

「えっ……」




――その言葉を聞いた瞬間、レナは自分の穏やかな日常が終わりを告げた事を無意識に確信した。

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