第356話 無敗の魔術師

「ナオ君……」

「……すいません、今は一人にさせてください」

「あっ……うん」



大戦相手の反則負けという形で勝利を得たナオはレナが話しかけても歩みを止めず、そのままベンチに座り込む。そんなナオの姿を見て誰も声を掛ける事は出来ず、しばらくは彼女を要望通りに一人にさせる事にした。


その一方で闘技台の上ではサブがブランを叱りつけ、しばらくすると彼を連れてサブとイルミナはレナ達の前へと移動する。弟子の不始末に対してサブは謝罪を行う。



「すまんな……この馬鹿弟子の愚行を許してくれとは言わん。だが、一言謝らせたい」

「本当に……すいませんでした」

「……いや、あたし等に謝られても困るんだけどな」



ブランは気落ちした状態で頭を下げると、レナ達も反応に困る。謝られたところで別にレナ達の気が収まるわけでもなく、気まずい雰囲気が流れる。しかし、試合はまだ終わらず、イルミナは時計を確認して最後に残されたレナとヘンリーに話しかける。



「それでは対抗戦最終試合を行いたいのですが……レナさん、ヘンリーさん、準備はよろしいですか?」

「俺は問題ないですけど……」

「ふ、ふぇえっ……つ、遂に僕の出番ですか」



レナが前に出ると最後のサブの弟子であるヘンリーという少年は怯えた表情を浮かべながらも闘技台の前に移動する。一見は少女のような外見をしており、サブの弟子の中では比較的に大人しく、レナ達に対して悪意のある発言を行ってはいない。


怯えた表情を浮かべながら現れたヘンリーに対してイルミナは疑問を抱き、本当に戦える状態なのかを尋ねる。実際の所、勝敗は既に決しているので別に無理して試合を続ける必要はない。



「ヘンリーさん、大丈夫ですか?身体の体調が優れないようであれば試合を中止しますが……」

「具合が悪いなら私が見てあげましょうか?ちょうど試したい薬も色々とあので遠慮せずに来てください」

「い、いや……大丈夫です。何だか嫌な予感がしますし……」



怪しげな薬を取り出したアイリに対してヘンリーは拒否すると、彼はおどおどした態度を取りながらもレナの方に視線を向けて話しかける。



「あ、あの……レナさん」

「何?別に呼び捨てでもいいけど……」

「いえ、レナさんと呼ばせてもらいます……あの、お願いがあるんですけど……」

「何だよ?兄ちゃんに手加減でもしてほしいのか?」

「違います……あの、怒らないで聞いてくださいね?その、出来れば僕と戦うのを止めて欲しいんです」

「止めて欲しい……それはどういう意味?」



レナはヘンリーの言葉を聞いて首を傾げ、いったいどういう意味で言っているのかと尋ねると、彼は怯えた態度を取りながらもとんでもない言葉を告げた。



「つまり……棄権してください。僕と戦うと、きっと大怪我をさせると思うので……」

「……はっ?」

「ご、ごめんなさい!!調子に乗ったことを言ってると思いましたよね!?でも、本当の事なんです……その、僕今までに負けた事が一度もないんです!!」



頭を下げながらもレナに「棄権」を促すヘンリーに対して誰もが唖然とした表情を浮かべ、低姿勢でいきなり相手に棄権を勧めてきたヘンリーにレナは呆気に取られる。しかし、彼の告げた「負けた事が一度もない」という言葉にレナはサブの弟子達に視線を向ける。


他の4人の弟子達は意識を失っているヒリンを除き、全員が気まずい表情を浮かべながら首を反らす。レナはサブの方に視線を向けると、彼も難しい表情を浮かべながら頷いた。



「すまんのう坊主、この子の言っている事は本当なんじゃ。ヘンリーは今までに同世代の魔術師と戦って負けた事は一度もない」

「何だと?それは本当かサブよ?」

「うむ、嘘は言わん」



マドウもサブの言葉は初耳だったのか驚きを隠せず、目の前に立つ少女のように可憐で華奢な容姿をしている少年がサブの弟子達の中で最も強いという言葉に驚きを隠せない。


ヘンリーはレナに棄権を促したのは自分が強すぎるが故にレナに大怪我をさせるかもしれないという不安を抱き、自分の勝利を確信していた。そんな彼の態度は最早「傲慢」と呼べるかもしれないが、ヘンリーは自分が負けるとは微塵も考えていなかった。



「ぼ、僕……いつも勝負の時は手加減できなくて相手に大怪我させるんです……だ、だからお願いします!!降参してください、僕はレナさんを傷つけたくないんです」

「ええっと……」

「おい、さっきから話を聞いてれば何なんだお前は!?レナの事を馬鹿にしてるのか!!」

「そうだぞ!!兄ちゃんはこの学園で一番強いんだ!!そういうお前の方こそ怪我をしたくなかったら棄権しろよ!!」

「レナ君、そんな子に負けちゃ駄目だよ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!!気を悪くしましたよね!?でも、本当に危ないんです……信じてください!!」



ミナたちがレナの代わりに抗議をすると、ヘンリーは何度も頭を下げるが自分の勝利を確信していた。そんなヘンリーの態度に対してレナは対抗心を逆に煽られる。

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