第355話 試合中断

迫りくる黒炎に対してナオは冷静に分析を行い、黒炎の性質を見抜く。今までのブランの攻撃を思い返し、どうやら黒炎は規模が大きいほどに威力が落ちると判断し、仮にドリスとの試合で見せた黒炎の威力ならば石壁は溶解していてもおかしくはなかった。


どうやら黒炎は規模を術者であるブランから離れすぎると効力が劣るらしく、その性質を見抜いたナオは右腕に体内の「気」を集中させ、迎え撃つ準備を行う。彼女は迫りくる黒炎に対して微塵の恐怖を抱かず、最後の攻撃を仕掛けるために右拳を握り締めた。



(一点集中……狙うのは魔法を生み出している両手)



黒炎が自分の元に届く前にナオは意識を集中させ、ブランの位置を計算して拳を引く。彼女の目的は拳圧で黒炎を振り払い、黒煙を放つブランへの直接攻撃だった。



「はああっ!!」

「なっ……!?」



黒炎がナオの身体に触れる寸前で彼女は右腕を振り翳し、最大の一撃を繰り出す。しかし、その寸前で彼女の前に「魔法陣」が出現すると、黒炎と拳圧を弾き飛ばす。


自分達の攻撃を掻き消した魔法陣を見てナオとブランは目を見開き、すぐに魔法陣の正体が「結界魔法」だと気付いた二人は戸惑うと、闘技台の外からイルミナの声が上がる。



「そこまで!!試合は中断させていただきます!!」

「なっ!?」

「おい、どういう事だ!?」

「どうもこうもあるか!!このたわけがっ!!」



試合中断という言葉にナオとブランは驚愕するが、そんな二人の元にイルミナとサブが乗り込み、真っ先にサブはブランの元へ向かうと頭を杖で小突く。



「この、愚か者がっ!!」

「いでぇっ!?な、何をするんですか老師……!?」

「馬鹿者!!お主は自分が何をしたのか分かっておらんのか!?試合だというのにお前は相手を殺す気で魔法を使いおって……!!」

「あ、いや、それは……」



ブランはサブの言葉を聞いて自分の行為の危険性に気付き、やっと自分の仕出かした行為に気付いた彼に対してサブはため息を吐き出す。彼はマドウに視線を向けると、結界魔法を解除するように促す。


マドウはサブの様子を見て構えていた杖を下ろすと、その直後に闘技台に発現していた魔法陣が消え去る。どうやら二人の間に出現した結界魔法陣はマドウが作り出した代物らしく、その様子を確認したナオは不満げな表情を浮かべて闘技台に乗り込んできたサブとイルミナに抗議を行う。



「ちょっと待ってください!!試合中断という事はこの勝負はどうなるのですか!?」

「それは……」

「無論、この馬鹿者の敗北じゃな。試合という事を忘れ、危うく人を殺しかけたこの愚か者を勝者にするわけにはいかん」

「ぐうっ……申し訳ありません」

「儂に謝ってどうするのじゃ馬鹿者がっ!!お主は危うく人を殺しかけたのじゃぞ!!」

「待ってください!!その言葉は納得できません!!僕はあの状態でも反撃できました!!」



ナオは自分が結界魔法によって守られずとも、自分の繰り出した「遠当て」でブランの攻撃を止めることが出来たと抗議するが、傍から見れば黒炎を前にして彼女が動こうとしなかったので審判役であるイルミナは試合を中断した。


結果的にはナオとブランの攻撃はマドウの結界魔法によって妨げられたので、あのまま試合を続行していた場合はどうなったのかは分からない。しかし、拳闘家の誇りとしてナオは試合を続けていたとしても自分は負けなかったと主張する。



「まあまあ、落ち着け若いの……お主の気持ちは分かるが、あのまま試合を続けておればお主も無事ではすまなかったぞ?」

「それは……」

「サブ魔導士の言う通りです。確かに私の判断で試合を中断したせいで迷惑をかけたのは謝罪します。しかし、あのまま試合を続けさせていたらナオさんの身も危なかったのは確かです」

「うむ、間違いなく重傷を負っていただろう」



ナオは拳圧を繰り出す事で黒炎を振り払い、ブランに攻撃を通すつもりだった。しかし、あのまま試合を続けてもナオの狙い通りに攻撃が通じるかどうかは分からない。


まだ覚えたての「遠当て」では威力不足で黒炎を掻き消す事が出来なかった可能性もあり、そもそもブランに攻撃が通ったとしても一度発動させた黒炎を無効化できるという保証はない。


審判役であるイルミナが危険だと判断して試合を中断させたのは、当たり前の行動で彼女に否があるとは言えない。もしもあのまま試合を続行させていればナオも大怪我を負っていた可能性もある以上、彼女の判断は間違っていたとは言えないだろう。



「若いの、気持ちは分かるがここは儂の顔に免じてこ奴を許して欲しい。ブラン、お主も早く謝らんか!!」

「ぐっ……すいませんでした」

「……僕は、こんな勝利認めません!!」

「あ、ナオさん!?」



ナオはサブの言葉を聞いても納得は出来ず、彼女はそのまま闘技台から降りる。結果的には勝利を譲られたような形であり、こんな勝ち方は彼女の望んでいる勝利ではなかった。

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