第314話 回想〈カーネ〉

――時はカーネの屋敷がレナ達に襲撃された日まで遡り、彼の元にはジャックが訪れていた。憤るカーネはいつもならば怯えて対応するのに対し、今回は怒りを露わにして酒瓶を壁に叩きつけて怒鳴りつけた。



「ジャック!!あの男は何処だ!!」

「……落ち着け、ゴエモンの事を言っているのなら既に捜索している」

「捜索だと?ふざけるな!!儂の事を見捨てた奴だぞ!!今すぐに殺せ!!」

「それは出来ん。奴はああ見えても七影だ……迂闊に殺るわけにはいかない」



個人的な感情はともかく、七影の立場としてジャックはゴエモンを殺す事は出来なかった。色々と問題が多い人物なのは否定しないが、それでも盗賊ギルドにとってはゴエモンという存在は貴重な人材である。


だが、怒りに我を忘れたカーネは部屋の中を無茶苦茶荒らしまわるが、レナに殴られた唐突に腹が痛むのかうずくまる。その様子を見てジャックは相当に追い込まれている様子だと気づく。



「ぐううっ……あ、あの小僧め……許さん、絶対に許さんぞ!!」

「相当に参っているようだな……」

「何を他人事のように言っている!!そもそもゴエモンの奴が儂を守らずに逃げたのがこの結果だろうが!!」

「それは言いがかりだろう。奴が得意とするのは盗みで会って、戦闘においては頼りにするな。第一に仕事はもう終わっていたんだ、こちらが責められる謂れはない」

「ふんっ!!口の上手い奴だ……もういい、お前達の力は借りん!!」

「どういう意味だ?」



カーネの言葉にジャックは訝し気な表情を浮かべ、まさか盗賊ギルドとの関係を絶つつもりなのかと考えたが、カーネは腹を抑えながらも立ち上がる。



「兵士に準備させている……儂は今からダリル商会に乗り込むぞ」

「何だと!?おい、待て!!いったいどうする気だ?」

「知れた事よ!!イヤリングを奪ったのは奴等である事に間違いない!!ならば力尽くで取り返すのみだ!!」

「止めろ!!この状況で問題事を起こすな!!そもそもそんな事をすれば警備兵が黙っていないぞ!!」

「そんな物は金で何とかなる!!儂は今すぐにでも奴等を潰さねば気が済まん!!」

「全く、少しは冷静になれ。事が終われば後悔する事になるんだぞ」



怒りに身を任せてとんでもない行動を仕出かそうとするカーネにジャックはため息を吐き出し、どうにか止めようとするがカーネは聞き入れない。相当に自分が殴られた事と、大金を貢いで手に入れたはずのイヤリングを奪い返された事に屈辱を覚えたらしい。


止めようとするジャックの腕を振り払い、カーネは身体をよろめかせながらも隠し部屋から抜け出し、扉を抜けようとした。しかし、そんなカーネに対してジャックはそろそろ彼との関係も潮時かと考え、腰に差した短剣に手を伸ばす。



(それなりに長い付き合いだったが……仕方があるまい)




これ以上にカーネを野放しにするわけにはいかず、ジャックは短剣を引き抜く。しかし、カーネが扉を開いた瞬間、硬直したように立ち止まる。



「カーネ?」

「が、はぁっ……」

「何!?」



立ち止まったカーネの口から呻き声が盛れると、彼は口元から血を流して白目を剥き、そのまま倒れ込む。その様子を見てジャックは動揺し、慌ててカーネの様子を伺う。



「カーネ!!おい、カーネ!!……死んだ?」



何度も名前を呼びかけてもカーネは意識を取り戻す事は無く、身体の状態を調べるとどうやら「毒物」による死だと判明した。すぐにジャックはカーネが壁に投げつけた酒瓶の事を思い出し、割れた酒瓶を拾い上げる。


この酒はカーネが寸前まで飲んでいた代物で間違いなく、恐らくは毒物が混入されていた。いったい何者がカーネを殺したのかとジャックが疑問を抱いた時、隠し部屋の扉が開かれた。



「おや……貴方もいらっしゃったんですか」

「リョフイ……まさか、お前の仕業か?」

「ええ、そこの豚がダリル商会に乗り込むと言い出して、僕達の話を聞かないので始末させてもらいました」

「何てことを……」

「何か問題ありますか?」



平然と義理とはいえ、父親を始末したと語るリョフイにジャックは目元を細目、確かにカーネの行動を止めるには殺すのが一番だろう。


しかし、まがりなりにも父親として接してきた相手を躊躇なく殺害したリョフイにジャックは危機感を抱く。一方でリョフイの方は顔色一つ変えずにカーネを殺した事に問題があるのかを尋ねると、ジャックは眉を顰める。



「……これからどうするつもりだ?カーネが死んだ以上、商会はお前が引き継ぐつもりか?」

「いえ、もうしばらくはカーネの代役を立てて貰います。競売が行われる日まで「父」には存在して貰わないと困りますので」

「父か……ゴエモンを利用するつもりか?」

「ええ、今回の失態の件を追求すれば彼も逆らえません。既にイゾウさんを送っています、彼なら見つけることが出来るでしょう」

「手回しが早いな……まさか、この事を予期して動いていたのか?」

「どちらにしろ、カーネには近いうちに始末するつもりでしたよ。もうカーネ商会に老害は必要ない……これから若者の世代です」



七影の中でも最年少であるリョフイの言葉にジャックは苦笑いを浮かべ、彼の語る「老害」という言葉が差しているのはカーネだけではなく、自分を含めた他の七影にも告げているように感じられた。

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